【岩手同友会】かけがえのない、残された命を守るということ(2011.06.12)

 大震災発生から3ヶ月が経過しました。

 県内で最も早く5月1日に立ち上がった、岩手同友会の「けせん朝市」。その賑わいを見た県内各地の商店からも「私たちもあのやり方ならできる」と声があがり、一つ、またひとつと自然発生的に仮設商店街が生まれ始めています。まさに岩手復興の旗手として、地域再興の先導役として大きな役割を果たしています。

 毎週のように全国各地の同友会から「炊き出しチーム」においでいただき、地元の方々が「今日はどこのイベント?」と楽しみに訪れる姿があります。先日は大阪同友会から餃子千人分が。今日は静岡同友会から新茶が振る舞われ「本当にありがたいことだねえ」と互いに顔を見合わせながら大切に口に運ぶ表情は、ようやく生活に潤いが出てきたことが嬉しそうです。

 一方で他県から現地を訪れていただく方に共通することがあります。「想像していた状況とは全く違った。こんなにも酷い状況とは思わなかった。意気揚々と支援に来た自分たちが、現地を見て呆然としてしまう。それなのに『遠くからわざわざ有難う』と誰もが温かい声をかけてくれる。元気を持ってきたはずなのに、逆に私たちの方が・・・」と涙を流し話されることです。
 私たちにとっては特別のことではなく、只々生きるために必死でやってきたことです。映像や新聞報道では、被災した人たちがどんな心の在り様で日々歩んでいるのか、まだまだ十分に伝わっていません。だからこそ、変わりつつある現地の表情を伝えていくことが唯一全国の皆様に、私たちができることと思っています。

 実は壊滅的な被害を受けた沿岸地域の復興は、一向に進んでいません。がれきの処理も遅々として進まず、仮設住宅を建設をする場所さえ、まだすべて決まったわけではありません。むろん携わっている方々やボランティアの皆様は、全力で毎日格闘しています。

 進まない原因、それは土地が全くないのです。そして地域の将来ビジョンが全く示されていないためです。どこに商店や工場を再び立ち上げれば良いのか、仮設の事務所や店舗をどこにつくれば良いのか、全く展望を描けないのです。

 最初の2カ月は「何としても生きる」という気持ちだけで踏ん張れます。でもどんなに強い人間でも、3カ月も経過すると限界点を越えてしまいます。今最も急がれるのは、そうした限界をこえたこころの傷を、人と人とのつながりとぬくもりで、支えあうことです。そして場合によっては専門の先生のこころのケアを必要としています。

 震災から2か月を経過した頃から、急激に自ら命を絶つ方が増えてきました。一切報道される事はありません。誰も口には出しませんが、地域の人たちは皆知っています。先日、家族の中で一人残された男性が亡くなりました。行方不明の奥様とお子さんが見つかり、その夜亡くなりました。被災地では何万人もの方が、同じ深い心の傷を負っています。

 同友会のある会社では、30名の社員全員を集め、社員研修として健康講座を開催、医療チームの方のお話と簡単なセルフチェックを行いました。結果は3分の1がPTSD(心的外傷後ストレス障害)や初期的なうつ状態など、何らかの名前の付く病にかかっていました。そのうち5名はすぐに、隣室に控えていた精神科医に診ていただく必要がありました。すぐに症状を和らげる薬を処方していただき、状況は落ち着きました。そうした対処を早くすることで、重症化する前に落ち着くことができるのです。大事なのは「早く」なのです。

 その社長ご自身も、実は処方を受けている一人でした。日中は社員の前で一切弱音を吐きませんが、夜になると目の前で起きたことが鮮明にフラッシュバックしてくるそうです。「ひょっとしたら社員も同じ状況かもしれない」と感じ、すぐ医療チームにお願いしました。

 かなり症状の重いある女性社員は、家に帰ると母親の状態が悪く「私はまだ軽いから大丈夫」と自分に言いきかせて、眠れない症状を我慢していました。夜中に泣きながら社長に電話をかけてきて、初めて家族の状況も見えてきました。
 こうした現状に危機感を感じ、気仙支部ではすぐ動き始めました。「ほっとする時間ありますか」「大災害のあとは、誰でも心に大きなストレスを受けます。心配しないで」と見出しをつけ、イラストの入ったこころのセルフケアチェックシートを、避難所をはじめ、保育所、学校などに歩いて配り始めました。

 最も反応が大きかったのは保育所でした。「今子どもたちの間では、津波ごっこが流行っているんです。」耳を疑いました。でも話しているその脇で、積み木を積み上げ『津波だー』と壊す子どもの姿がありました。唖然とする私たちに、「子どもは心に受けた衝撃を、体で表して受けとめようとするんです」保育士さんがフォローしてくれました。止めたり叱ったりしてはいけないそうです。「もう大丈夫だよ。」とぎゅっと抱きしめてあげる。そしてひとつひとつ積み直して「大丈夫。大人がまた、元通りにしてくれるからね。」と笑顔で応えてあげる。そんな保育士さんも本当は一杯いっぱいです。そしてその子どもたちが帰る家にはお母さん。お母さんも本当は泣きたいんです。

 6月10日(金曜日)には、2回目の「こころのケア健康講座」が陸前高田ドライビングスクールで行われました。派遣されてきた先生は、淡々とこれまでの3カ月を振り返ります。暫くすると、会場にいた女性が声を上げて泣き始めました。そして集った方々一人ひとりが決して表には出ない、地域の実状を語り出します。その真剣さ、切実さに先生の表情が変わりました。

 電気も水も出ない地域がまだまだあります。インフラ整備も復旧を急がなければなりません。でも今、もっともっと急がなければならないのは、こころのケアです。恐らく沿岸で被災を受けた地域では、全域で対策が遅れています。

 「このままだと危ない。地域のためになるのなら、何でもやろうじゃないか」気仙支部では田村満支部長の声のもと、同友会の企業だけではなく地域全体の企業へ向け、取り組みを呼びかけ始めています。そして経営者同士の声の掛け合い、学校や保育所の先生方、親御さんへも同時に声をかけはじめています。

 これまで「1社もつぶさない、つぶさせない。」を掲げ、全力で動いてきました。3カ月経過した今、新たな段階に入りました。「残された命を守る」ことを、医療チームだけではなく経営者が、そして地域全体が意識していかなければ、その先の復興はありません。

 心理士の先生によると、こうした生死を分けるようなショックを受けると、ほとんどの方に何らかの心の傷が残るそうです。しかしながら、一部それを人間力でカバーできる人たちがいるそうです。その話を聞いた気仙支部の方々からは、こんな深刻な中でも笑いが起きました。「俺たちは普段からまともじゃないからな。」「いや俺はまともだから。支部長だけだよ。」と冗談を言いながら、配布用のイラスト入りの沢山のこころのケアシートを手に持って、それぞれの地域に戻っていきました。

 同友会の経営者の方々の人間力は、新たに次々と襲いかかる困難にも揺るぎません。「かけがえのない命を守る。」地域に生きる中小企業の原点を今、かみ締めながら生きています。

(文:岩手同友会事務局長 菊田氏)