「中小企業憲章(案)」に関する意見

中小企業庁「中小企業憲章」パブリックコメントへの意見

第一に、「中小企業憲章(案)」(以下,「憲章(案)」と略称)の下記の諸事項について私たちは積極的に評価し、成案にする際もそれらの記述が残ることを要望します。なお、「意見内容」と「理由」はそれぞれの項目ごとに述べます。
まず、私たちは2003年から中小企業憲章の制定を政府に要望し、制定の取り組みを進めてきました。今般、願いがかない中小企業憲章の制定の具体化が開始されたことを大いに喜びたいと思います。私たちは、2009年6月に「中小企業憲章草案(第一次案)」を公表し、2010年4月からは「中小企業憲章草案(第二次案)」の検討をすすめてきましたが、その都度行政府や各政党、中小企業団体などの関係者にご理解を賜るよう努力してまいりました。
今回の「中小企業憲章(案)」には、私たちの「憲章草案」の内容がかなり反映されていることを心強く感じるとともに、そのご努力に敬意を表します。
私たちは次の諸点の記述が残るとともに、その主旨がさらに補強されることが重要と考えます。

①「基本理念」において、日本経済における中小企業の位置づけと役割が現行の中小企業基本法の「我が国の経済の基盤を形成しているもの」(第3条)という位置づけを超えて、「中小企業は、経済やくらしを支え、牽引する力である」、「中小企業は、社会の主役である」、「変革の担い手としての中小企業への大いなる期待」という、より積極的な役割の規定を与えていることです。

②私たちが強調してきた、企業を評価する際の価値観の転換を示唆する記述があることです。例えば、「基本理念」の「大企業に重きを置く風潮や価値観が形成されてきた」とか、「行動指針」の二にある「人材が大企業信仰にとらわれず、魅力ある中小企業への就業や起業を選択するよう」などの記述です。これらは、日本社会の風潮を問題にしているとしても、この中小企業憲章を制定する意義の一つもその価値観の転換を促すためにあると考えます。

③中小企業の声を尊重し、中小企業の立場に立って政策を総合的に進めていくことを表明していることです。前文にある「どんな問題も中小企業の立場で考えていく」や「行動指針」の八の「政策は、総合的に進める。中小企業の声を反映する政策評価を行う」などの部分は高く評価できます。

④取引問題でもより踏み込んだ記述が注目されます。中小企業基本法では「取引の適正化」(第20条)と表現されていますが、「憲章(案)」では、「公正な市場環境を整える」として、「大企業による代金の支払い遅延・減額や過剰な品質の要求など、中小企業に不合理な負担を招く取引を駆逐する」と具体的な記述が光ります。

⑤1999年に中小企業基本法が改正されて以来、「がんばる中小企業を応援する」という路線が強調されてきましたが、「憲章(案)」では、「基本原則」の「一、経済活力の源泉である中小企業が、その力を思う存分に発揮できるよう支援する」、あるいは「中小企業の持てる力の発揮を促す」などの表現のように、中小企業の潜在力を引き出すことを主眼とした政策スタンスが注目され、大事にしてほしい考え方です。

⑥企業会計制度への言及も重要です。大企業を中心に国際会計基準を日本に導入することが進められようとしていますが、非上場企業・中小企業の会計制度への影響が心配されています。「憲章(案)」では、「中小企業の実態に即した会計制度を整え、経営者自身による事業の説明能力の向上、資金調達力の強化を促す」と会計制度改革の視点が据えられており、支持したいと思います。

第二に、次の諸点の記述を補充、補強していただきたいと考えます。文中で全く触れていないわけではありませんが、「基本原則」または「行動指針」で新しい項目を起こして、内容を豊富化し、強調すべきことだと考えます。

①前文にある「どんな問題も中小企業の立場で考えていく」を「基本原則」の項目に付け加えることを要望します。ヨーロッパ小企業憲章や2008年のヨーロッパ小企業議定書で強調されている「Think Small First」の考え方であり、私たちの憲章草案でも「中小企業への影響を第一に考慮する」と表現していますが、日本でも是非このような原則を掲げていただきたいと考えます。

②憲章案には地球環境問題への記述がないのは残念です。「医療、福祉、環境、ITなどは、市場の成長が期待できる分野でもある」との記述があるのみです。私たちの「憲章草案」のように、「持続可能な社会をめざす」という項目を「行動指針」に追加して下さい。
ちなみに、私たちの「憲章草案」では、「中小企業は、自らの事業活動を通じて地球環境の保全に貢献し、持続可能な社会をめざす。政府・自治体はその取り組みを支援する。中小企業のそのような役割と姿勢が国民に理解され、信頼され、安心と安全を要請する社会の期待にこたえる。」と述べています。

③「企業家精神」について「基本原則」で項目を起こして下さい。「憲章(案)」では「基本理念」の「経営者は、企業家精神に溢れ」という記述があるのみですが、企業家精神を高める取り組みこそ企業数の減少に歯止めがかからない日本に必要なことだと考えます。ヨーロッパ小企業憲章では、「企業家精神を、責任のすべての水準における貴重で生産的な生活技能(スキル)として認識する」と「諸原則」に位置付けられています。私たちの「憲章草案」では、「企業家精神を学び、創業への関心をよびおこす」としており、「企業家教育」も学校教育等に位置づけられるべきと考えます。

④「行動指針」の「二.人材の育成・確保を支援する」の項の「教育の適切な段階で健全な職業観を形作るカリキュラムを整える」とありますが、「職業観」の前に「勤労観及び」を挿入してください。例えば、「千葉県中小企業の振興に関する条例」では、「県は、学校教育における勤労観及び職業観の醸成が中小企業の人材の確保及び育成に資することにかんがみ」(第15条)と規定しています。勤労観は労働そのものの意義に関するもので、職業観はこれを踏まえ、自分の適性などを考慮した職業の選択などに関するものとしています。健全な勤労観の醸成は中小企業憲章に求められる大切な考え方です。

⑤地域経済の振興を前面に掲げた記述を要望します。「行動指針」には、「七.地域社会の抱える課題解決に向けた体制を整備する」の項がありますが、ここを補強して下さい。私たちの「憲章草案」では、「地域経済を振興し、雇用を確保する」という項目を掲げ、「中小企業が地域の資源活用、雇用、納税、地域づくりなどをとおして地域社会とのきずなを強め、地域経済振興に貢献することを支持する。
そのために、地方自治体が中小企業振興基本条例等の制定・見直しをすすめ、地域経済を活性化することに期待し、奨励する」と強調しています。また、「中小企業が農林水産業と連携して自らの知恵と技術を活用し、食料自給率の改善に貢献することを支援する」とも述べていますが、最近の農商工連携の取り組みを発展させる視点も「憲章(案)」に期待したいと思います。

⑥「行動指針」の「四.海外展開を支援する」の項を海外展開だけに止めず、国際交流の視点で補強することを要望します。私たちの「憲章草案」では、「貿易・投資・雇用などを通して国際交流を深め、固有の文化を尊重しあい、互いの経済の平和で安定的な発展に貢献し、アジアをはじめ世界との共生に努力する」と述べています。政府は東アジア共同体構想を打ち出していますが、国際交流の視点が重要です。

第三に、今般の「憲章(案)」はいかなる主体が宣言する憲章でしょうか。文面からは、政府が行うことのように読めます。私たちは日本国民が宣言する中小企業憲章としてほしいと考えます。
私たちの憲章草案では、「私たち日本国民は…ここに中小企業憲章を制定する」、「私たち日本国民は、中小企業を次のように認識し、期待する」、「そのために私たちは、以下の10項目の指針を国民の総意として宣言し、政府は国民の協力を得て実行しなければならない」など国民全体が中小企業および中小企業憲章の意義を認識し、その実現に協力する姿勢を強調しています。
なお、旧中小企業基本法の「前文」においては、「中小企業の成長発展を図ることは、中小企業の使命にこたえるゆえんのものであるとともに、…国民経済の均衡ある成長発展を達成しようとするわれら国民に課された責務である」と力強く宣言されており、この中小企業憲章でも主語を「私たち日本国民」とすることは可能であると考えます。

第四に、この「中小企業憲章(案)」をどのように国民の間に広め、諸法令の整備・充実や政策の具体化に活かしていくのか、そのプロセスを明確にしていただきたいことです。先に述べましたように、日本国民が宣言する中小企業憲章とするためには、立法府における全会派が一致できる国会決議で中小企業憲章を制定することが必要であると考えています。
「憲章(案)」では、「中小企業の声を聴き、政策評価につなげる」と述べていますが、この中小企業憲章(案)制定過程でも「中小企業の声を聴く」ことが重要です。その点では、パブリックコメントに止めず、例えば地方公聴会などを開催して地域の中小企業の声を中小企業憲章に反映させる努力が必要であると考えます。また、中小企業憲章の制定後もその実効をあげるための仕組みが大事であるとも考えます。制定プロセスでは次のことを要望します。

① 「中小企業憲章」を閣議決定などに止めず、国会決議をめざすこと。

② 首相直属の「中小企業支援会議」を設置し、省庁横断的な機能を発揮して、中小企業を軸とした経済政策の戦略立案等を進めること。

③ 中小企業担当大臣を置き、「中小企業憲章」を具体化した政策・施策の実行体制を強化すること。

以上

中小企業家同友会全国協議会会長 鋤柄 修
担当者;政策局長 瓜田 靖