海外進出成功のカギは差別化・課題は人材育成―三矢精工(株)代表取締役 高橋 尚樹氏(埼玉)

【黒瀬直宏嘉悦大学教授が迫る海外戦略】

 新たな市場や人材を求めて、経営戦略の1つとして海外へ展開する会員企業があります。新企画「海外戦略」では嘉悦大学教授の黒瀬直宏氏が海外展開をする会員企業を取材し紹介します。第1回は三矢精工(株)(高橋尚樹代表取締役、埼玉同友会会員)を紹介します。

 三矢精工(株)(従業員:日本法人180人、タイ法人30人)は機械の回転部分に使われる軸受の一種、「すべり軸受」を生産し、大手の自動車部品企業に納入しています。

 同社は2012年、タイ国ライヨーン県のアマタシティー工業団地に軸受けの材料を加工し製品にする「MITSUYA SEIKO(THAILAND)」を設立しました。ところが、進出を勧めてくれた顧客の現地工場は、取引額が少ないのでわざわざ取引口座を設けることもないだろうと、いささか期待外れの態度です。

 国内顧客の勧めがあっても現地での取引が保証されるわけではないという好例です。しかし、他の日系企業も開拓、現在5社と取り引きをし、1年目の月商300万バーツは3年目に1000万バーツになりました。

 高橋尚樹社長は仕事はあると断言します。タイにはたくさんの日系企業が進出し、現地で買えないものはないといわれています。そのような中で三矢精工(株)の販売が拡大するのは、タイでは生産の難しい差別化製品を提供できるからです。

 「すべり軸受」の業界では顧客から図面を与えられ、下請け生産を行っている企業が多いのですが、三矢精工(株)は違います。

 同社のビジネスの特徴は次のとおりです。

 (1)取り引き先は大手自動車部品メーカーです(自動車向けが売り上げの80%)。

 (2)顧客が示す回転数、摩擦係数などの条件を基に材料組織、形状を設計・提案します。提案力の基となるのは、鉄などに銅やスズ、アルミ粉、セラミックスを焼結し、用途に合った合金を造るための技術で、これが同社の強み・差別化の源泉です。同社独自の材質での生産が多く、JIS規格の標準材での生産は極めて少ないです。

 (3)したがって、製品は多品種少量の高付加価値製品となります。製品は8000種におよび、毎月その1割が出るだけだそうです。ワン・ロット10個の生産もあります。

 同社のこのような顧客要望に即した開発力がタイでも力を発揮し、市場を広げているのです。海外進出し、低賃金を基に安く作れば売れるという時代ではもはやなく、日本でも通用する差別化製品でないと海外でも売れません。

 市場開拓は順調と言えますが、悩みは人材です。12人でスタートし、現在30人。社長は高橋氏が兼務し、本社派遣の副社長と製造部長が常駐、他は現地の人材です。事務部門の現地人材は大卒で定着率も良いのですが、問題はタイ東北部出身者の多い現場のワーカーです。

 機械に対し日本ではありえない危険な行動をとる、プレス金型に金属くずがついているのに打ってしまう、というようなことがあり、不良率も日本より高いです。トラブルを事前に発見し、問題解決をする能力にも欠けているそうです。

 ワーカーの定着率が悪いため、技術を習得し、管理職へ昇進するというコースの形成ができず、技術の蓄積が進みません。昇進はインセンティブにはならないので、Aラインができるようになれば手当をつけ、Bラインもできればまた手当をつける―ということをインセンティブにしています。

 年末にはビンゴ大会をやり、社長がサンタクロースとして日本から賞品を持っていったり、社員の誕生会をやるといった日本式の家族的経営で帰属意識を高めようとしています。

 本社にはタイ法人から材料の販売収入、ロイヤリティー収入(配当収入は未実現)が入るほか、タイで開拓した取引先と日本でも取引が始まるという好影響もあり、国内人員も増加、国内空洞化の懸念はありません。課題は現地人材を育成しタイ法人の自立度を高める―これに向かって奮闘中です。

三矢精工(株) 会社概要

創業:1940年
資本金:1億円
売上高:40億円(グループ計)
従業員数:180名
事業内容:各種軸受・軸受及び自動車関連部品の製造および販売
URL:http://www.mitsuya-seiko.co.jp/

「中小企業家しんぶん」 2017年 9月 5日号より