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社長就任2カ月後、震災に (株)毎日・民報西部販売センター 代表取締役 長沢 公子(福島)

【絆―復興をめざして】第25回

 震災発生から5年目の節目に、福島同友会から発行された『逆境を乗り越える福島の中小企業家たち』(2017年2月24日発行・執筆は2016年秋)より、会員企業の復興の軌跡をシリーズとして数回にわたり掲載します。第6回目は長沢氏の報告です。

 大地震、原発事故から県内すべての地域が落ち付いたわけではありませんが、あれから5年。あっという間でもあり、一生忘れられない5年でもあり、自分自身が経営者として試された5年でもありました。この5年私は成長できたのでしょうか。

 私どもの業務は新聞販売店。各家庭へ新聞を配達、販売しております。

社長就任2カ月後

 福島市で森合支店の店長をしていた父が独立し、郡山の西部地区の店主(社長)になって30年。私は2011年1月に父の後を継ぎ社長に就任しました。

 就任前は20年ほど事務、経理を担当していましたが、経営者としては何ひとつ学ばず、娘だからということだけで就任しました。業務拡大の野望はなく、従業員の給与の安定、福利厚生の充実、休刊日以外でも休みがとれる体制づくりを中心に経営するつもりでした。就任して2カ月は新聞発行本社、取扱会社など各方面へのあいさつや商工会、同友会での初めての活動と忙しく、戸惑いばかりの日々でしたが、先輩方の教え、助言、励ましをいただき経営者として、がんばろうと意気込み勇んでの矢先。2011年3月11日に震災はやってきました。当日は金曜日で新聞折込も多く、上へ上へ積み上げられていました。

新聞がある限り配達しよう

 携帯電話の警報音とともに地震が起き、積み上げられた折込チラシは崩れ、この時から日常の生活は一変し、生きるのが精一杯となりました。震災の翌朝、福島民報、毎日新聞は店着しましたが、仙台から来る経済新聞は高速道路が使えず大幅に遅れ、しばらくは朝から晩まで配達に追われました。追い打ちをかけるようにガソリン不足。配達のほとんどをバイクでしていましたので、社員はガソリン確保に奔走、あと何日ガソリンが持つだろうかと、不安を抱えながら配達していました。原発の状況によっては郡山避難もあるかと混乱する中、不安ばかりでした。断水、システム障害という状況でも必死に取材して作った新聞。悪路の中で輸送された新聞を私たち販売店は引き継ぎ、お客様の元へ配達しなければと思いました。そのために配達順路の見直し、自転車配達の準備をし、新聞がある限り配達しようと決心しました。従業員の誰ひとりとして配達を拒否しなかったことは救いでした。未熟な私がこの状況でやってこれたのは、お互いに励まし助け合った従業員のおかげだと思います。

 その後、落ち着きながらも資材不足による新聞の減ページ、折込チラシの中止とさびしい新聞が続きました。こんな新聞はいらないと言われましたが、震災翌日から定時に配達するとありがとうと声をかけていただいたり、停電などでネット、テレビが使えないから新聞の情報は助かる、人力で届いた暖かさがありがたいと喜ばれました。

 私の仕事は情報を届けるということであり、新聞の重要性を再確認する大きな機会でもありました。また当たり前の生活が当たり前でなくなったとき、そのありがたみを痛感しました。その後、みんなでがんばろうという折込チラシが増え、みんなが前向きに生活し新聞も販売店も復興へ動き始めたことを実感しました。

世界に誇れる新聞を1人でも多くの人に

 大震災を機に緊急時の準備が整っていなかったという反省から災害の備えを考え始めました。

 (1)停電によるコンピューターシステムのバックアップ(2)電話などの通信確保(3)水・ガソリンの地域協定と今も進めています。まさに2011年は激動の1年となりました。次年度はガソリンなどでお世話になった地域に貢献し震災で進化した新聞を多くの方に読んでいただけるようがんばろうと決意し挑みましたが、2012年4月に自宅隣家が全焼、自宅の一部も延焼。

 そして、もっとも苦しい状況におかれたのが2013 年2月の大雪です。前日からの大雪のため福島市の印刷所を繰り上げ輸送しましたが、渋滞のため福島市内から出られず新聞が来ない。これは苦しかった。震災より苦しかった。新聞が来ないのだから、しょうがないと鳴り止まぬ電話を無視して、電話音を切ろうかと思いましたが、新聞を待つ人が大勢いることを震災で知ったので、いつでも配達できるようにと配達員には自宅待機をお願いし、電話には1つひとつ出て現在の状況を伝え、お詫びしました。新聞が読みたい上での苦情だとは思いますが、心が折れました。お客様に届けるべき新聞がない辛さは震災以上でした。

 その後、けがや事故、退職などありましたが、そのひとつひとつを社員の協力のもと乗り越えることができました。震災後、新聞の価値、宅配の価値が見直され、新聞はみんなに勇気を与えたと思います。そして、責任と誇りをより一層強くした5年だったと思います。

 今後も苦しい試練が必ずあるかと思いますが、世界に誇れる新聞を1人でも多く読んでいただけるように、この5年の経験を生かし次の世代でも新聞配達が続くようがんばります。

(株)毎日・民報西部販売センター 会社概要

創業:1983年11月1日
従業員数:5名
事業内容:新聞販売
所在地:郡山市堤3丁目196-2

「中小企業家しんぶん」 2018年 2月 15日号より

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