68号特別調査「転換期における雇用・労働の変化」

ヒアリング【1】
ノウハウの継承、質の維持では新卒・正規
アウトソーシング化で雇用の受け皿ともなっている中小企業

 昨年9月中旬から10月初旬にかけて、中同協・企業環境研究センターでは、昨今の景気回復過程に伴う雇用・労働状況における新たな変化をとらえようと、DOR特別調査「転換期における雇用・労働の変化」を実施しました。そこで明らかになったのは、「正規雇用は増加し、非正規雇用は多様化が進む」ことでした(調査結果は「DOR68号」掲載)。その調査結果をフォローアップするため、研究センターでプロジェクトを組み、回答企業の中から首都圏を中心に10数社のヒアリング調査を行いました。3回連載で、その中から見えてきた雇用・労働をめぐる動向について紹介します。

 なお、この調査結果に基づき、7月7~8日に千葉で開かれる中同協第37回定時総会第十分科会で、日本大学教授の永山利和氏(研究センター座長)が報告を行います。(編集部)

正規従業者の採用は新規、中途とも着実に増加

 DOR特別調査によると、正規従業員の新規採用を行った企業割合は、2001年度から2004年度にかけて、54.8%から64.5%と増加しています。正規従業員の平均採用人数についても、同期間で2.52人から2.79人と着実に増加しています。

 この増加は、即戦力という意味で中途採用が新卒採用を上回る傾向があるものの、新卒採用企業も着実に増加。採用は、経営者の考え方、業務内容、業種、企業規模等によって、新卒重視、中途重視に分かれますが、インタビュー調査を行った企業においても、その実態は多様となっています。

ノウハウの蓄積、専門家育成では新卒採用

 たとえば、携帯端末等の通信・制御系システムに関する組み込み型ソフトウエア開発を行うK社(東京)は、過去3年間をみると、毎年10名以上の新卒採用実績があり、採用地域は日本全国から海外にまで及んでいます。

 これは現在、携帯端末等に関する組み込み型ソフトウエアの需要が著しく伸張していることと、当該分野の技術について、同社が多くのノウハウを保有しており、そのノウハウの継承と積み重ねが人材育成のカギとなっており、中途採用での即戦力確保は難しいと考えられているからです。

 また、専門的なテーマでの旅行の提供を特徴とするF旅行社(東京)も、人事雇用戦略の基本は「旅行の専門家を育てること」であり、社内の教育力を高めるためにも、毎年新卒採用が欠かせない、といいます。

アウトソーシング化を追い風にした中途採用も

 他方、創造物流をテーマに生活協同組合や食品スーパーの物流で業績を伸ばしているZ社(埼玉)は、405人(2004年)、397人(2003年)、229人(2002年)と、ドライバーを中心に中途採用の実績があり、現在の正規従業員は703名となっています。

 同社の業績拡大理由は、食品流通業界での業務のアウトソーシング化があげられます。アウトソーシングは人件費などの固定費を変動費化することで、業務の効率性をめざすものですが、同社はかかる変化をビジネスチャンスとしてとらえています。現在、採用でもっとも多いのは生協の個別配送のドライバーであり、そこでは営業的なセンスも求められています。離職率も一定程度ありますが、ドライバーから幹部社員への登用の道も開かれており、経営者によれば、個別配送部門は人材の宝庫であるといいます。

 どのような業界が正規従業員採用にあたって新卒中心であるか、中途中心であるかは断言できませんが、1つの考え方としては、企業のコアコンピタンスが企業に蓄積された技術やノウハウにある場合は新卒中心で、営業的センスなどといった汎用的な能力であるなら、即戦力が期待される中途中心となることがうかがえます。

質の維持には正規従業員が重要

 近年、かつて正規従業員が行っていた業務の非正規従業員への置き換えが一般的には進展していますが、企業の業務やサービスの質を一定の品質以上に保つために正規雇用を重視している企業も存在しています。

 たとえば、Kスーパー(千葉)は、高品質な食品を扱う生活提案型の食品スーパーで、現在、正規従業員が108名、非正規従業員が284名です。同業と比べるならば、正社員の比率は高い。「顧客サービスの質を維持するためには、正社員の比率が高いほうが望ましいし、そうでなければ顧客に対して失礼である」と経営者は言います。

 また、新聞、雑誌等のクリッピングサービスで業界ナンバーワンの実績があるJ通信社(東京)でも、同社のコア部分である調査員は正規従業員です。同社の場合、調査員が一人前になるには3年ほどかかるので、サービスの質を維持するためには正規従業員でなければならない、といいます。

 さらに、「印刷関連業者のための製造工場」として、下請印刷に特化し、24時間稼働体制をとるM印刷(東京)も、「1人でも多くの印刷人を育てたい」と、140人いる社員はすべて正規従業員となっています。

 業務の効率化を掲げ、非正規従業員の戦力化が言われて久しいですが、サービス等の質を維持しなければならない分野では、正規従業員への回帰傾向があるといえるかもしれません。

ヒアリング【2】
非正規従業員の雇い分けが進む
人件費の削減から専門人材の確保まで雇用目的は多様

 「正規雇用は増加し、非正規雇用は多様化が進む」というDOR特別調査「転換期における雇用・労働の変化」の結果を受け、実施したヒアリング結果について、前号では正規雇用、新卒採用が重視されている点を紹介しましたが、今号では非正規雇用の多様化に焦点を絞って紹介します。

非正規従業員の多様化

 DOR特別調査では、2001年時点と比べて正規従業員を増加させた企業の割合が39.7%であるのに対し、非正規従業員を増加させた企業の割合も41.4%となっています。このうち、非正規従業員の形態は、パート・アルバイトをはじめ派遣労働、嘱託社員など多岐にわたっています。また、個々の中小企業をみても、正規・非正規という2つの枠組みだけはなく、複数の形態の非正規従業員を雇っているケースもあります。

中小企業経営にとって、非正規従業員をいかに活用するかが重要な課題になっていることがうかがえます。

人件費の変動費化を目指した非正規の活用

 DOR特別調査によると、非正規従業員を雇用する目的として、もっとも回答が多かったのは「人件費の削減」ですが、その方法や意図は各企業によって異なっています。

 都内を中心に約20店舗のスーパーを展開するB社(東京)は、正規従業員は新卒採用で社員教育・人材育成に力を入れる一方、1000人以上のパート・アルバイトを雇っています。

 小売業は、曜日や時間帯による繁閑の差が激しいため、同社でも、各店舗の運営は、数名の正社員を除くと、時間ごとに細かくシフト編成されたパートやアルバイトによって対応が図られています。同社の経営者は、「小売業では、人件費を変動費と考えていかないと経営を成り立たせるのは難しい」と述べていました。課題はパート社員の教育、とのことでした。

 また、缶のキャップ製造で国内1位のシェアをほこるH社(千葉)では、正規社員のほかにパートも常勤として働き、製造・検査工程を担っています。アルバイトは、短時間の仕事を埋め合わせています。さらに、同社では、設備を導入し省力化を図りつつ、仕事量の変動には主に派遣労働で対応する方針をとり、人件費が固定化することを回避しています。

介護・福祉制度の制約と地域連携による人材活用

 介護・福祉事業の分野でも、経営を維持していくためには、非正規従業員の活用が避けられない状況になっています。さらに深刻な問題は、契約ヘルパー等の給料も、介護保険上の制約があり、決して十分なものではないことです。地域に密着した居宅介護支援や通所介護事業所を経営するS社(埼玉)の経営者は、こうした現在の福祉制度の問題点を指摘しています。

 また、同社が行っている介護タクシー事業では、運転手は2種運転免許とヘルパー2級を取得してもらった地元の商店主たちです。午前中の商店が比較的暇な時間帯を利用して、病院への送り迎えなどを頼んでいるとのことでした。これも非正規従業員の多様な活用法の1つともいえますが、同社では、地元の診療所とも提携するなど、地域の人たちに支えられながら、人材や人件費問題にも対処しています。

専門人材を確保するための非正規の雇用

 非正規従業員の採用は、人件費の削減ばかりが目的ではありません。専門的な知識や技能を持つ人材を非正規従業員という形で迎え入れる事例もみられます。電子機器製造O社(東京)は、自社内外で定年になった技術者を嘱託として雇用してきました。そうした人材が、技術開発や技術教育で力を発揮し、同社を支えています。

 前回登場した物流業Z社も、嘱託として定年退職者を再雇用し、社内の教育部門に配置しています。また、大手企業で安全衛生部門にいた人材を契約社員として雇用するなど、非正規従業員の雇用が積極的な人材確保として位置づけられていることも見逃せません。

ヒアリング【3】
各企業で特色ある人材育成に注力
OJTに加え、理念共有した「共に育ちあう」教育へ

 「正規雇用は増加し、非正規雇用は多様化が進む」というDOR特別調査「転換期における雇用・労働の変化」の結果を受け、実施したヒアリング結果について、6月15日号、25日号で正規雇用、非正規雇用について紹介しましたが、最終回は人材育成について紹介します。

 DOR特別調査によると、正規従業員を採用する目的理由の上位3つは「専門的業務の担い手」44.6%、「責任ある業務遂行のため」36.3%、「機関的業務の担い手」33.0%で、最下位は「周辺・定型業務の担い手」6.0%と示されています。この結果より、高度かつ責任感を必要とする業務については、正規従業員を採用し、単純な業務については、正社員の採用意欲が低いことが読み取れます。

 とはいえ、高度な業務を遂行していくには、能力の高い従業員の確保と育成が課題となります。実際、DOR特別調査の自由記入回答欄では、採用にあたって「基礎的な学力試験とともに作文、性格診断で本質を見極める」(滋賀、木造一般住宅の建築販売)との声や、「育てるのは経営者の役割」(神奈川、空調設備業)との声があります。これは、良い人材を確保し、教育・訓練を行うことにより、高度かつ責任ある業務を遂行させることを正規従業員に望んでいる現れであるといえましょう。今回は従業員教育を行っている企業に焦点を絞って、紹介します。

マンツーマンのOJTによる人材育成

 組み込み型ソフトウエア開発を行うK社(東京)は、システムエンジニアの育成に関して先輩社員が新入社員の教育を行うという形ですべて内部化しています。システムエンジニアは、理系文系問わずの採用であり、大学で何を勉強していようとも、約2カ月間でC言語を使ってのプログラミングでは同水準になるとのこと。経営者によると、よい先輩、難しい仕事にめぐり合えば、飛躍的に能力は向上するといいます。

 また、クリッピングサービスのJ通信社(東京)は、調査員を採用すると最初の試用期間3カ月はマンツーマンの指導を行い、1年ほどは先輩社員がバックフォローしながら約3年で一人前になります。同社のコアコンピタンスである人的検索の優秀性を保つためには、人材育成とフォロー体制が重要である、と経営者は強調しています。

従業員との対話を重視

 高品質な食品を扱うKスーパー(千葉)では、社長が従業員を連れての出張がよい教育の機会となっています。同社では年4回、「食文化と環境のインフォメーション」とテーマに顧客向けの情報誌を発行しており、そこでは社長自らが執筆した食についての取材記事が掲載されています。出張には必ず社員が同行しており、出張の行き帰りの道中、自らの考え方や会社の理念を直接従業員に話すことが、会社の経営方針を浸透させる最も有効な方策であるといいます。また、道中、食に関する議論、さまざまなコミュニケーションをすることがお互いの勉強になるとも経営者は言っています。

 また、建物の「利・善・美」をテーマに、地域に根ざした営業に特化しているY工務店(東京)は、Yイズムを持つ社員に育てることを人材育成のモットーとしています。同社は新卒中心の採用であり、入社後1カ月間の新入社員研修時には、社長自らによる建築業に関する導入教育を行います。導入教育終了後は、さまざまな社員とペアを組ませ、多様な現場を経験させることで育てていきます。教育はOJT中心で、3~4年である程度任せられるようになり、一人前になるには約10年かかります。同社の経営者は「お金を貯めるより人を貯める方が難しい、人は1日では育たない」といい、従業員を大切にする経営を行っています。

資格取得を奨励

 中小企業の従業員が資格を取得することは、個人の能力開発のみならず企業の業務拡大につながる傾向があるので、多くの企業で資格取得を奨励しています。

 先にあげたK社では、情報処理技術者の資格取得を奨励しており、賞与時には資格手当を有資格者に支給しています。また、Y社の場合も建築士等の建築関連の資格取得を奨励しており、有資格者には手当を支給しています。

 空調設備工事のE社(東京)でも、仕事にかかわる資格取得を奨励するとともに、15年前から東京都認定の職業訓練校ともなっている同社の社員研修制度では、6年間で一人前になるカリキュラムが組まれており、会社経営のマネジメント教育も行われます。また、同社には「のれん分け制度」があり、社員が独立することもできるようになっています。

 以上、中小企業における人材育成は、OJT中心の手作りの人材育成が特徴といえます。また、新入社員教育が、指導にあたる先輩社員の成長を促すきっかけにもなっていることがうかがえます。

 今後、企業をとりまく環境変化のなかで、企業の存立基盤をどこに求めていくのか、企業の社会的責任への要請も強まっています。従業員教育においても、OJTだけでなく、こうした社会的要請の高まりにどのようにこたえていくのか、そこでは企業理念を共有し、「共に育ちあう」教育がいっそう求められているように思われます。

(中同協・企業環境研究センター「雇用と労働」特別プロジェクト)