200年の老舗で経営指針づくり (株)八木澤商店 専務 河野通洋氏(宮城・岩手)

陸前高田への“アツい想い”を受け継いで

河野通洋専務

 (株)八木澤商店(河野通洋専務、宮城同友会・岩手同友会会員)は、「経営指針を創(つく)る会」への参加を機に、社員と心が通じ合う会社に生まれ変わりました。200年の老舗に受け継がれる“アツい想い”を胸にした実践を紹介します。詳細は、『研究センターレポート第20集』(2月12日発刊予定)をご覧下さい。

 三陸海岸特有のリアス式海岸の広がる広田湾に面し、日本三大松原のひとつである「高田松原」を有する陸前高田市。近世に伊達領となり、交易の要衝として発展してきました。陸前高田市の中心部から気仙川を隔てた通りに、(株)八木澤商店(河野通洋専務、宮城同友会・岩手同友会会員)はあります。

1升3000円のしょう油づくり

八木澤商店

 同社は文化4年(1807年)創業、一昨年200周年を迎えた老舗で、当時からの蔵壁や杉樽が今も使われており、江戸期からの香りを引き継ぎます。当初は造り酒屋として出発、第2次世界大戦中の国による造り酒屋の合併政策を受けて、1944年から味噌・しょう油製造を専門に行うようになりました。

 同社の商品で特に注目を集めるのが、江戸時代から続く古式製法での「生揚(きあ)げしょう油」。通洋氏の父親であり、現社長の和義氏が復活させました。岩手県産の白目大豆と南部小麦、海水塩だけでつくるしょう油は、普通の脱脂加工大豆しょう油が80トンの力で圧搾するのに対し、15キロの石の重さで時間をかけて搾られ、4合ビンで1日に70~80本しか製造できません。1升3000円という価格ですが、贈答用などに人気を博し、同社の売上を押し上げています。

入社、そして社員とのあつれき

古いものは江戸時代からつづくという杉の木桶

 通洋氏が同社に入社したのは1999年9月。水害にあって工場は沈没、大きなクレームが起きて役員はお客のところへお詫びのために走り回っている最中でした。入社早々から次々とショックが通洋氏を襲います。

 年末、社員に発表した賞与減額に対して、通洋氏に不満が寄せられました。幼少から社員たちを、「おじちゃん」、「おばちゃん」、「お兄ちゃん」、「お姉ちゃん」と慕っていた通洋氏にとって、「しょせんうちの会社もカネでつながっているのか」と大きなショックでした。

 またある日、メインバンクの支店長がやってきて、借入金について「政府系の金融公庫さんは非常にお得です。ここから借りたら良いですよ」と事実上の「貸し渋り」を受けました。先代社長である祖父から「あそこはうちを裏切ることはない」と聞いていただけにショックを受け、「なにがなんでも経営改善しなければならない」と事の重大さを痛感させられました。

 通洋氏は自ら役員となり、現役員の役員報酬一律20%カット、銀行対策用の経営改善計画書の作成をするなど経営改善の先頭に立ちますが、社員とのあつれきの壁に突き当たります。

 営業会議の場で、先輩社員に「なんでできないんだ」と迫る通洋氏、「なぜお前にそんなことを言われなきゃならないんだ。俺たちとの信頼関係をどういう風に考えているんだ」と反発する社員。それに対して「信頼関係なんかくそ食らえだ。そんなものでメシが食えるくらい世の中甘くない」と応酬したのでした。

 そうした中でも、経営指針をつくり、数字上の経営改善ができ、銀行が「貸し渋り」を撤回し、通洋氏は自信を得ました。しかし一方で、社員との関係には厳然とした壁が残ったのでした。この頃、宮城同友会に入会しました。

経営指針づくり~社員と心が通じた喜び

古式しょう油搾り機

 宮城同友会の「経営指針を創る会」に参加したある日、一緒に参加している方に「河野さん、あんたのとこで働く社員は地獄だね。社員を動かすための手段として経営指針があるように見える」と言い放たれました。「社員を使いやすくする方法を考えていたのかもしれない」という思いが通洋氏の胸をかすめました。悶々(もんもん)と悩みながら「経営指針を創る会」を卒業しました。

 それから半年間かけて経営指針を練り上げ、社員に示して「協力してほしい」と呼びかけました。しかし、社員の反応は厳しいものでした。「『黙って俺についてこい』ならまだ分かる。言われたとおりにやればいいのだから。それを無責任に社員に一緒に考えてくれ、一緒になってやってくれとは、ふざけるな」と言われました。

 「信頼関係なんかくそ食らえ」と言ったことを反省しましたが、取り返しはつきません。四面楚歌の状況。それでも「とにかく社員の話を聞かなくては」とグループ討論や個人面接をやり続けますが、「経営者が会社の生産性を下げてどうするのか」「なぜこんな結論の出ない会議をだらだらとやる必要があるのか」と、なかなか納得は得られません。

 ある日の朝、通洋氏は奥様から強烈な一言を浴びせられました。「会社を悪くしているのはすべてあなただ。社員はみんな必死になって八木澤商店をよくしようとしているのに、それをないがしろにしている」と。言い返すこともできず呆然(ぼうぜん)自失となりました。奥様は、通洋氏に、社員と表面的に関わるのではなく、お互いの生きざまを問うところまで深く関わる大切さを訴えたのでした。

 「自分が捨て身になって初めて相手も心を開いてくれる。その通りだと思った」と通洋氏は振り返ります。現在では、「人はみんな違う」ことを前提に、「何を言っても否定されない」と感じることのできる環境をつくることが大切だと考えている通洋氏。「経営理念や経営指針は決定的に必要。でも、経営理念だけでは人は絶対動かない。同じ釜のめしを食ったり、同じものを見て泣いたり、笑ったり、一緒に汗をかいて苦労したりして、お前が言うなら仕方ないなという関係を作り出さないで、『経営理念がこうだから』とやったら、絶対だめだと思う」と言います。

 社員と打ち解けて話ができるようになったのは、奥様の言葉を受けてしばらくしてからのことでした。ある朝、便所掃除をしている通洋氏のところに社員がやってきて、「申し訳なかった。不満を言った後、ずっと寝られなかった。なんでもお前のせいにした自分が情けなかった」と言いました。通洋氏は心が通じあったことに、大きな喜びを覚えました。

老舗に受け継がれる“アツい想い”

搾る前のしょう油諸味、手作業での検品

 経営理念を定め、社員との意思疎通ができるよう会議を重視し、パート社員を含めて経理を公開してきた通洋氏ですが、「黙って俺についてこい」というタイプだった和義社長とは、これまで意見のぶつかりも多くありました。しかし、そのなかでいつも2人の心の奥底で共通していた思いがあります。それは「現実への怒り、地域への“アツい想い”」と通洋氏は言います。和義社長も答えます。「うれしいのは、せがれが『親父の夢は分かった。やり方は違うかもしれないけれど、同感する』と言われたこと」。

 昔ながらのしょう油づくりや、和義氏が始め、全国から参加者と観客が集まる1大イベントとなっている「全国太鼓フェスティバルin陸前高田」、そして通洋氏が手掛けている、子どもたちの農業体験や「食の教育」の取り組みも、すべて地域の伝統と文化を守りたいという“アツい想い”が原点でした。

 200年の歴史に熟成された、“アツい想い”を胸に、通洋氏の挑戦が続きます。

<経営理念>

1、私たちは、食を通して感謝する心を広げ、地域の自然と共にすこやかに暮らせる社会をつくります。
1、私たちは、和の心を持って共に学び、誠実で優しい食の匠を目指します。
1、私たちは、醤の醸造文化を進化させ伝承することで命の環を未来につないでゆきます。

【会社概要】

設立 1960年
資本金 1000万円
年商 4億円
社員数 45名(うちパート・アルバイト15名)
業種 醤油・味噌・つゆ・たれ・漬物製造販売
所在地 岩手県陸前高田市気仙町字町
TEL 0192-55-3261
http://www.yagisawa-s.co.jp/

「中小企業家しんぶん」 2009年 2月 5日号より