3・11後の政治経済情勢と中小企業家同友会運動への期待 京都大学公共政策大学院 教授 岡田知弘氏

関西ブロック事務局長会議での講演より

 9月22日に京都で開催された関西ブロック事務局長会議では、現在の情勢の特徴を学ぶために、京都大学公共政策大学院・岡田知弘教授に講義をしていただきました。岡田先生からは、「3・11後の政治経済情勢と中小企業家同友会運動への期待」と題し、被災地の数回にわたる調査活動もふまえて、同友会への期待を含む報告をしていただきました。その大要を紹介します。

東日本大震災と関西

 3月11日以後、政治経済状況はかなり変化しています。野田政権が誕生し、増税とTPP(環太平洋連携協定)参加を早期に決めようとの方向にあり、原発の再稼働と輸出を推進しようとしています。これは日本経団連が求めてきた方向ですが、本当に被災地の復興と日本経済再生につながるのか、極めて疑問に思います。

 この間、被災地調査に何度か入り、精力的に活動している方々を訪ねると、同友会の役員の皆さんに出会うことがしばしばで、復興の前提である「命を守る取り組み」に大きな役割をはたされていることがわかります。

 余震が続き、原発もまだ封じ込められず、農産物・水産物などから放射性物質が検出されるなど、震災はまだまだ続いていますが、ここで関西のことを考えてみましょう。

 東海・東南海・南海の大地震が今後30年間で起こる可能性は高まっており、防災の専門家チームによると大阪市内はかなりの地域が浸水し、枚方付近まで津波がくるとも予測されています。

また若狭湾沿岸の原発群からの距離は、京都市まで約70キロメートルで、和歌山を除く関西各府県は約120キロメートル圏内にはほぼ入ってしまいます。しかも30年を超えた老朽炉が8基あり、高速増殖炉「もんじゅ」もあります。すぐ南は「関西の水がめ」琵琶湖ですから、いざ事故が起きたならば甚大な内部被曝も危惧される地域に私たちは住んでいます。

住民、国民の命をどう守るかということが、政治の中心に据えられねばならない時代です。

復興と地域の未来を方向付ける課題

 いま政府は、TPP推進で“開かれた復興”を模索し、法人税減税の一方で消費税や所得税を中心とした増税に財源を求めようとしています。また単一の県では復興に対応できないので東北に復興庁をつくり、将来「東北州」に移行すべきだとし、道州制の導入でかつての構造改革路線を再稼働しようとしています。

 今回の復興のありかたについて、被災地だけでなく、日本のあらゆる地域の未来を決める課題として、次の4点を挙げます。

 第1は、復興活動を通じて、経済的利益を優先した新自由主義的な成長戦略・構造改革にあと戻りするのか、あるいは住民の生存権を守り、人間らしい暮らしの再生のための新しい福祉国家をつくるのかという選択です。

 いまTPPは、農業だけがクローズアップされていますが、全部で24分野にわたる協議がされ、工業分野、投資や労働の自由化、サービス分野まで関わり、政府や地方自治体の調達も海外企業と競争することにもなりかねません。とくに医療は国民の命の問題に直結します。アメリカは自国の雇用と貿易を増やすことが目的で、そのためには購買力のある日本が入っていないと意味がないのです。

 米倉経団連会長は、「日本が国際社会という共通の土俵で、競争力を発揮していくためには、今こそ真に『開かれた国』になることが大切だ。それゆえ日本経済復活のために政府に求めたいのが、TPPへの参加である」といいます。が、利益をうけるのは一部の大手輸出企業などで、地域経済は更に疲弊するでしょう。

 第2には、エネルギー政策の基本を引き続き原発におくのか、あるいは「脱原発」によって小規模分散型の再生可能エネルギー・自然エネルギーの全国土的普及を重視するのか、という選択です。中小企業振興基本条例のある北海道別海町では、事業化を展望し、牛の糞尿を活用したバイオマス実験を国の施設の払い下げを受けて、酪農家中心に行なう計画です。エネルギーも雇用も森や海の環境も地域で守っていく取り組みです。

 第3には、東京一極集中の構造を続けるのか、どの地域も持続可能な地域産業と地域社会の再生をはかるのか、という選択です。震災被災地も先の台風被災地も、経済のグローバル化と構造改革政策で地域産業が疲弊し、過疎化の中で災害に弱い国土になってしまっていた地域でした。どの地域でも生活も経営もできるようにすべきで、ここは大きな論点でしょう。

 第4には、道州制や一層の基礎自治体の合併により市場化を推進する「地域主権改革」で大企業を潤すのか、憲法第9条と第25条に基づき「平和的生存権」の実現をめざす住民自治を基本におき、主権者・国民のための国や地方自治体にするのか、の選択です。道州制で都道府県を廃止することにより、多額の財源が州都に集中します。例えば、京都府の財政規模は約8000億円(表)ですが、道州制の下では、府県をなくしてしまうので、これらを「州都」に吸収したうえで、大阪湾岸などに集中的に開発投資をすることになります。しかし、大型公共事業ほど東京系企業が受注しますので、お金の流れはまさに“スルット関西”で、東京へいくことになりかねません。道州制が導入されると、府県の中小企業振興基本条例は、そもそも府県がなくなるので意味をなさなくなります。巨大な州が、中小企業振興施策をきめ細かく実施できる保障はありません。

震災復興をめぐる2つの道

 政府の復興構想会議は、7月に基本方針を提案しましたが、キーワードに阪神・淡路大震災のときにも言われた「創造的復興」があります。

 被災地の宮城県では県が復興計画を策定し、「創造的復興」「再構築」のもとに特区制度によって、農地・漁港の集約化、漁業権の民間企業への開放を推進しようとしています。阪神・淡路大震災の「創造的復興」の教訓では、インフラ整備優先の一方で、住宅再建、商店街、中小企業の再建は後回しで、15年以上たっても「7割復興」と言われた現実があります。復興市場の9割を域外資本が受注し、兵庫県の経済は悪化しましたが、同じ結果を招かないようにすべきです。

 「創造的復興」に対して「人間の復興」という考え方があります。関東大震災の際、経済学者の福田徳3氏が唱えた「人間の復興」論です。「私は復興事業の第1は、人間の復興でなければならぬと主張する。人間の復興とは、大災によって破壊せられた生存の機会の復興を意味する。今日の人間は、生存する為(ため)に、生活し、営業し労働しなければならぬ。即(すなわ)ち生存機会の復興は、生活、営業及労働機会(此(これ)を総称して営生の機会という)の復興を意味する。道路や建物は、この営生の機会を維持し擁護する道具立てに過ぎない。それらを復興しても、本体たり実質たる営生の機会が復興せられなければ何にもならないのである」(『復興経済の原理及若干問題』1924年)。

 これは、生存の機会の復興と言えますが、2004年の中越大地震の際に山古志村の復興で具体化されました。全村避難の際に、集落単位をとり、住民の合意を尊重し、地元産材で被災者の大工さんが木造公営住宅をつくるなどして、3年後に7割が村に戻りました。住民の合意にもとづく生活再建が最優先されなければなりません。

被災地で「人間の復興」に取り組む同友会

 被災地調査で出会った、究極の危機を乗り越えつつある経営者の皆さんの共通点は、(1)何よりも従業員と地域の住民の命を大切にした初期行動。(2)地域とともにある自社の存在の自覚と行動。(3)自分の会社と仕事へのこだわりと誇り。顧客からの応援が何よりも励ましに。(4)同友会で培った経営者・行政・専門家とのネットワークを活用して新たなチャンスを広げる。などが挙げられます。

 そして、強く印象に残ったのは、復旧・復興工事を大手が受注し、地元中小企業に仕事が回らない実態の中で聞いた、「震災前に中小企業振興基本条例や公契約条例があったらなあ」という言葉です。

 グローバリズムの中で、「経済性」と「人間性」の対立が広がっています。短期的な金銭的「儲け」の追求だけでは、経済も社会も持続できません。「人間性」を回復する地域づくりが、この被災の時にこそ求められています。人間性を大切にし、地域に貢献する中小企業家の集団である同友会が地域で仲間を増やし、大きくなることがその保障につながります。

 新たな地方自治=地域住民主権のうねりとして、「地域のことは住民が決定し実践する」という姿勢で、同友会と基礎自治体が地域防災について協定を締結するなど、大胆な発想ができないでしょうか。これからは、エネルギーづくりも含めて、地域をつくっていく提案ができる運動にぜひ取り組んでいただきたいと思います。

「中小企業家しんぶん」 2011年 11月 5日号より