2012年の情勢をどう見るか~神奈川大学経済学部教授 大林 弘道氏(中同協中小企業憲章・条例推進本部顧問)

震災復興と『日本経済ビジョン』(中同協)のとらえ方

 1月12~13日の中同協第3回幹事会(1月25日号既報)では、「2012年の情勢をどう見るか~憲章の理念を生かした震災復興と『中小企業の見地から展望する日本経済ビジョン』(討議資料)のとらえ方」のテーマで大林弘道・神奈川大学経済学部教授が問題提起しました。その概要を紹介します。

情勢分析の重要さ

2011年は、世界についても日本についても、私たちの心を揺さぶる年でした。また、今後に不安を掻(か)き立てる年でした。2012年はどうなるでしょうか。このような年の初めであるからこそ、私たちは、国内外の情勢をしっかり見極め、間違いのない方向に進むことが大切です。

世界が直面する欧州債務危機とその背景

現在の世界の最重要の経済問題は、一昨年来燻(くすぶ)り続けていたギリシャを発端とした欧州債務危機が昨年秋以降一挙に噴出したことです。

この欧州債務危機は、2007~08年の米国のサブプライム・ローンの焦げ付きを契機とする世界的金融危機の発生とその政策的対応、すなわち、金融機関・大企業の救済のための巨額な国家財政の投入とその財政負担の結果としてあります。しかも、その世界的金融危機をもたらした金融経済の肥大化、それに依存する実体経済の出現、それゆえの歪(ゆが)んだ経済成長という問題は依然として根本的な解決のないまま残されています。

ギリシャ債務危機はこのような背景の中で発生しましたが、同時に、EU・ユーロ圏およびギリシャ固有の諸条件にも規定されています。ギリシャ経済の主要産業は観光・海運・農業等の諸産業で、製造業の脆弱な国民経済です。2001年にユーロを導入しました。その結果、ギリシャは実体経済以上の強い通貨を獲得することにより、ドイツ等から輸入を増大させ、貿易赤字を拡大し、また、同政府は有利な条件で国債を発行し、借入を拡大し、財政赤字を拡大しました。逆にいえば、ドイツ等はギリシャへの輸出を拡大し、EUの金融機関はギリシャ国債の購入に向かい、それぞれ利益を得ていました。

2010年4月にギリシャの政権交代によって前政権の財政赤字の隠蔽(いんぺい)が暴露され、ギリシャ国債の利回りが急上昇し、ギリシャ債務危機が明らかになりました。EU・IMFによる巨額の資金援助がなされましたが、沈静化せず、EU全体に金融危機、財政危機、経済混乱・大量失業が拡大し、特に、PIIGS(ポルトガル・アイルランド・イタリア・ギリシャ・スペイン)の債務危機が激化しました。

欧州債務危機の世界への波及

この欧州債務危機は世界の資金の流れを変更し、複雑にし、金融状況の不安定を促進し、財政状況や実体経済の悪化をもたらしています。世界的金融危機の基盤ともなったシャドー・バンキング(ヘッジファンドなど銀行以外の金融業態の総称)の投資マネーがユーロ圏を離れ始め、欧州の銀行はドル資金不足となり、その穴埋めのためのドル資金調達によって、欧州の銀行間の金利は上昇し、今度はアジアなどの新興国からの資金の引き上げを始めました。その結果、世界経済を牽引していた新興国は、債務危機の発生以来欧州への輸出を減少させていたうえに、国内の輸出企業をはじめ産業は金融環境の悪化に見舞われています。それは新興国の実体経済の先行き不安をさらに高め、成長率の低下予想を強めています。

この間、米国経済も、世界的金融危機の発端となった諸問題の解決ができないまま、金融に加えて財政、雇用等の新たな諸問題に直面し、それらの解決のための改革を迫られています。しかし、その改革の矛先はむしろ米国の大企業・大銀行が進出を目指すアジア市場の開放に向けられています。

したがって、その中心的な戦略であるTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の本質は、「自由貿易」の実現のためというよりも「米国経済再建」の実現のためだということができます。

欧州債務危機と日本経済―円高

このような世界の状況は、日本に多方面から多様にしかも厳しい形で波及してきています。それらの波及の最も深刻な問題は円高です。

円高は、自動車・電機を中核とする輸出関連製造大企業をひどく困惑させることになりました。そのために、それら大企業は、一方では、国内生産維持=「産業空洞化」阻止を名目に、大企業減税等を目指す税制改革=消費税増税を求め、他方では、メガバンク・政府の支援と一体になって、海外M&Aを推進しています。

大企業・メガバンクのこの海外M&Aはそれらにとって当然の行動であっても、今日の日本経済の再生に役立つことへの期待は短期的または限定的であって、中・長期的には海外生産化を全面化する懸念があります。

「日本再生の基本戦略」―「新成長戦略」の継承・再生への懸念

2011年9月に菅政権を引き継いだ野田政権は、12月24日に「日本再生の基本戦略」とする経済指針を閣議決定しました。この経済指針は、2010年6月18日に「中小企業憲章」とともに閣議決定された「新成長戦略」を、東日本大震災を踏まえて継承・再生したものと強調されています。

言い換えれば、「輸出関連製造大企業主導経済」「開国」「財政再建」の路線です。それゆえ、野田政権は、その閣議決定前後に矢継ぎ早に、TPP参加交渉開始、消費税増税、社会保障改革、武器輸出三原則緩和等の重要課題を、国会の慎重審議を経ないか、不十分なまま、内外の記者会見、国際会議、与党内機関で実質的に「不退転に」決定して来ています。当然に、これらに対しては国会内だけでなく、国民のなかに反発を生んでいます。

このような日本経済の今日の課題に対する政府の一連の取り組みは、「中小企業は、経済を牽引する力であり、社会の主役である」という中小企業憲章の基本的な指針とはまったく異なるものになっています。

「日本再生の基本戦略」の道と「中小企業憲章」の道との拮抗

この間の日本を含む各国国民の不安と不満は、それぞれの現行政府の政策の標準が、結局は大企業・大銀行の救済・支援に置かれ、その範囲において具体的な施策の選択を2大政党の間で争うことに政治と政局が集中してしまっている事態に対する批判です。したがって、このような《各国国民の不安や不満》と《2大政党間における政策選択》との間の矛盾からの脱却が、世界の、とくに、先進各国の根本課題です。

日本では、このような根本課題が、「新成長戦略」を引き継ぐ「日本再生の基本戦略」の道と「中小企業憲章」の道との拮抗(きっこう)という形で存在しています。同時に、政策の混乱と事態の悪化に乗じて扇動的で扇情的な政治に向かう諸傾向が現れています。

しかし、日本経済・国民生活を担う中小企業はそのような展望を欠いた政治に巻き込まれてはならないばかりか、2つの道の拮抗から生まれる諸問題において「中小企業憲章」の道を堅持するとともに、中小企業について形式的かつ若干の指摘がある「日本再生の基本戦略」の道においてすら、「中小企業憲章」の道を模索する習熟した対応の能力・態度を鍛え上げなければなりません。

阪神淡路大震災・東日本大震災の2つの大震災の被災地の困難の中で、中小企業の経営を軸とした地域に根差した多様で自発的で国際的にも注目された諸活動が確実に展開され、多数報道されています。それらは、多様な場所で、多様な人々が、多様な方法で、粘り強い取り組みを進めているという本質的特徴があります。それらは多くの場合、事実上の「中小企業憲章」の実践となっています。

中小企業憲章とその地域版の中小企業振興基本条例の制定を推し進めてきた同友会運動は、それらに見られる理念や基本政策を、自信を持って推し進めることができる立場にあります。その際、それらの理念や基本的な政策を具体的な“すがた”や“かたち”にして、国民・地域住民に説得力あるものにしなければなりません。それらの課題の実現こそ、「日本経済ビジョン」や「地域ビジョン」の策定・推進運動です。

私は、大震災と立ち向かう渦中において原発事故に近接した地域の同友会のみなさんが策定された「南相馬市復興計画についての提言案」を現地の支部総会の場で読んだとき、ここに「日本経済ビジョン」があると思いました。「日本経済ビジョン」はそれ自体として策定の手続きと努力がなされなければなりませんが、すべての地域で「地域ビジョン」の策定が目指されるならば、自ずと「日本経済ビジョン」は完成に向かうはずです。 それは国民の希望となるものです。

「中小企業家しんぶん」 2012年 2月 5日号より