若者が働きがいを感じられる企業と社会に~現状と課題 関西大学経済学部教授 森岡孝二氏

【中同協経営労働委員会基調講演】

2月9日に開かれた中同協経営労働委員会で森岡孝2・関西大学経済学部教授が「若者が働きがいを感じられる企業と社会に―現状と課題」のテーマで基調講演を行いました。その概要を紹介します。

現在、日本の社会で学生・大学に限らず、採用する側も、子どもの成長を見守る家族にとっても、若者を取り巻く雇用労働環境がとても大きな問題になっています。

大学生の就職難とその背景

私は大学教師になってほぼ40年、学生たちに寄り添っていろいろと触れ合う機会がありました。卒業した後にも飲み会などで話すこともありますが、今ほど彼らが弱い立場に置かれていて、大変厳しく、つらい時代はないと思います。

就職の失敗が動機の「就活自殺」が2009年の23人から、2010年には46人に増えています。これは無視できない非常に大きな数字です。大学生を含む20代の「就活自殺」は2007―2010年の間に60人から153人に2・5倍にもなっています。

景気の変動による困難だけでなく、長期的に見ても学生の就職環境は決してよくなる兆候はありません。新卒者が増加する一方、企業ではどんどん正社員が絞り込まれて少数化し、多くがパート、アルバイト、派遣などの非正規雇用に追いやられています。

「内定率」は、その年度の卒業予定者の中の就職希望者に占める内定者の割合です。就職希望者が分母になっていますので、調査の時点で就職活動をしていなければ、分母は少なくなり、通常はほぼ100%になって当然です。2011年3月卒業者の内定率も約9割になっています。しかし9割を高いと言ってはいけません。それでも10万人を超える学生が進路を決められない現状があります。

数字に見えない雇用の現状

もうひとつ、数字に見えない学生を取り巻く雇用の現状があります。ご承知の通り日本経済は長期にわたって低迷しています。回復の兆しを見せたあとにアメリカのリーマンショックと世界不況が重なり、2009年は大変なことになりました。

長期にわたって見ると労働所得がどんどん下がっています。しかも、どんな乱暴なリストラがあってもストライキが起きない。あるいは、今のように生活が厳しい状態が続いても、大規模な賃上げを要求するような春闘の盛り上がりがない。端的にいえば、日本の労働組合がすっかり弱くなって、その分、労働者の立場が弱くなっています。その反映で学生も弱くなっています。若者論では片付かない、そういう問題なのです。

定期採用と初任給

新卒一括採用、つまり定期採用では、年に一定数の社員を採用することを前提に一斉に全国で採用活動が始まります。その際にほとんどの学生は、卒業までに内定が決まります。採用活動が在学中に行われるというのが特徴で、ここからいくつかの問題が出てきます。

まず1つはいつ始まるか、という問題です。本格的に動き始めるのは3年生の10月から、早い人では3年生の夏休みからインターンシップなどが行われます。そしてインターンシップを受けないと次のステップに進めない企業もあります。とても公平性を欠き、採用の早期化と長期化につながっています。

実はこの長期の不況の中で採用を見送る企業が、大企業も中小企業もかなりの数字であります。帝国データバンクやいくつかの採用支援サイトでもこの数字が出ています。そういう点で継続的に採用を続ける定期採用が崩れつつあります。

もうひとつ定期採用で強調したいのは、学生は卒業の段階で成績が出ますので、大学の学業をモノサシにその人の採用、不採用を決めるわけにはいかないということです。それだけでなく、一部の理系と文系の教育学部を除けば、事務・営業系の人たちは学部学科の特性をほとんど問われません。専門の職業能力を問わない採用制度になっています。

初任給も定期採用と対応しています。ただし初任給というのは概念があいまいでしっかりした制度的な基準がありません。所定内給与とは基本給に一律的諸手当を加えたものです。当然残業手当や通勤手当は除きます。ところがある一部上場企業の例ですが、新入社員が4カ月勤めて過労死してしまった。裁判の資料で明らかになりましたが、初任給19万5000円と書いてあったのですが、そのうち基本給が12万5000円、月80時間以内の残業前提で7万1300円の手当と、残業代込みの給与体系になっていました。まだ上告中ですが、会社の責任だけでなく経営者や幹部を含めた賠償を命じられた事件でした。

大手から中堅・中小へ

内閣府の調査によれば、就職希望先として「絶対に大手企業がよい」と考えている学生は、言われるほどに多くありません。「中堅・中小企業がよい」という学生も決して多くはありませんが、目につくのは「やりがいのある仕事であれば中堅・中小企業でもよい」が増えていることです。これにUターン志向を加え、中堅・中小企業志向が増えています。

学生たちは非常に厳しい内定状況で身の丈に合った就職をしています。学生が内定を取れずに泣いているのは、ただ大企業にこだわっているからと考えるのは間違っています。全体の雇用の数が減っていて、就職する学生の数が増えているという2つのミスマッチが起きているのです。大企業と中小企業の問題だけではないということを忘れてはいけません。

企業は何を 学生は何を求めているか

企業の採用に専門知識が問われなくなっている結果、日本の採用は面接重視になっています。そして成績と専門を見ないとなれば、あるモノサシからみた企業への適応力のようなもの、チームワークへの順応性で選んでいると思われます。その中で体育会系男子の就職への強さが目立ちます。企業が求めているものというのはなんだかんだ言いながら、がんばりぬく力というのが大きいのではないでしょうか。

同時に学生が企業に何を求めているのかというと、働きやすい職場であるかどうかだと思います。では働きやすい職場とはどのようなところでしょうか。日本経済新聞の調査によれば、「『働きやすい会社』で何を重視するか」という質問に対して、「休暇の取りやすさ」「労働時間の適正さ」「福利厚生の制度の充実」という回答が上位3つを占めています(表)。

意外なことに賃金のことは書かれていません。ただ学生が複数の内定をもらった場合、たいがい賃金の高い会社を選びます。だから、賃金にこだわりがないわけではありません。こだわりがありながら、そうは言っていられない時代なのです。

就職に求められる4つのスキルと〈まともな働き方〉

就職後に若者自身が生き生き働くためには、社会常識、基礎知識、専門知識、労働知識の4つのスキルが必要です。

また〈まともな働き方〉を実現するためには「まともな労働時間」「まともな賃金」「まともな雇用」「まともな社会保障」が必要であり、特に過重労働と非正規雇用にブレーキをかけることが重要です。

正社員でも過労死せず、非正社員でもワーキングプアにならない働き方を実現するために、雇用政策と社会保障の役割が一層重要になっています。

「中小企業家しんぶん」 2012年 3月 5日号より