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食を通して人間性回復の場を提供~ぴょんぴょん舎(株) 中原商店 社長 邉 龍雄(ぴょんよんうん)氏(岩手)

2つの文化の融合をめざした企業づくり・人育て・地域づくり

 第36回青年経営者全国交流会(略称・青全交)2日目に行われた記念講演「食を通して人間性回復の場を提供する」の概要を紹介します。

盛岡冷麺をつくり 21年

ぴょんぴょん舎の盛岡冷麺ほか

 東京から新幹線で盛岡に帰ってくると、改札口を出た瞬間、なんともいえない空気のおいしさ、そして、すばらしい風が迎えてくれます。盛岡には独特の光があり、それは、水が、川が空気を浄化していることで生まれていると感じています。それは、まさに「イーハトーブ」の世界です。岩手の自然の美しさ、そのエネルギーを、宮澤賢治さんは、「イーハトーブ」と表現しました。

 「イーハトーブ」盛岡の味伝説、盛岡冷麺を作り始めてから21年目になります。私は、神戸生まれ、盛岡育ちです。ある時期から在日2世としての生き方を考え続けてきました。

 今回の青全交は「世界の全ての人々が幸せにならなければ、個人の幸せはない」という宮澤賢治さんの言葉をテーマにしていますが、私は、異文化を知る、そして理解すること、そこに、融合と共存があると考え、店づくり、商品づくりをしてきました。

 両親は韓国の済州島の西帰浦の生まれです。済州島の西帰浦は、はるか昔、日本から海路で中国に渡る時に、休憩する場所だったそうです。日本と中国、韓国がつながる1000年以上昔に遡る話ではありますが、この盛岡で自分の店を通して、その異なる文化の融合により、何か役立つことはできないかと考えてきました。

7人兄弟、両親の苦労の下で育つ

 父は、17歳で大阪に渡り、神戸での靴作りを生業にしていました。その後、岩手県に移って、かりん糖づくり、さらに、盛岡駅前の河原で鉄屑屋(てつくずや)に転業します。当時、2枚で5円のかりん糖では何百枚作っても、7人の子どもを育てることができなかったそうです。鉄屑屋さんの仕事も、浮き桟橋の上に置いた廃バスの中でしていました。少しでも川の水が増えると、揺れる「社屋」でした。私は小学生の時から、空き缶を集めて出荷する仕事を手伝っていました。

 父には、一生の財産と言えるのは、お金ではなく教育であることや、人に信用・信頼されることが大事だということなど、たくさんの大切なことを習いました。

 その後、兄は医者の道に進み、私は税理士をめざしていましたが、父が難病で倒れたため、私が家業を継ぐことになります。

 1983年に(株)中原商店を設立しましたが、オイルショックによる不況で、鉄スクラップ加工処理業が不況業種に指定されるほど、ひどい状況でした。毎月の赤字に苦しみました。

 当時、国が事業転換を勧めていたので、レストラン経営に転業することにしたのです。岩手県の業種転換企業第1号の認定でした。

なぜ、レストランか―人間性回復の場

 転業の目的のひとつは、負債の返済と社員の生活を守ることでした。しかし、レストランの語源、ラテン語の「レスタ・ウ・ラーレ」(人間性回復の場)という言葉との出合いが、私の気持ちを方向づけたのです。

 幸い、当社は、外食店に適した立地を持っていました。また、盛岡は当時から焼肉・冷麺がブームになっていた地でもありました。これには諸先輩の築いた盛岡の焼肉・冷麺文化という基礎があったわけです。

 企業は、いかにして、その地域に根ざした存在になるかが問われます。レストランの語源を知り、企業の存在価値を問い直すことで、自分自身の生きがいになったことも確かです。

 土・日も休めず、家族にも犠牲を強いて長時間働かなければならないという飲食業の大変さは、よく分かっていたつもりでした。自分自身が、その大変な仕事を一生の仕事として、本当にやっていけるかどうかということも考えました。

 この点は、組織をしっかり作ることを目指せば、土日も休める。早番・遅番制なら長時間労働からも脱皮できる。そして、家族や暮らしを犠牲にしなくてもやっていけると考え、自分が一生できる仕事だと確信しました。

 大好きだったデザインの仕事を、レストランの中に生かせるということもありました。

 また、料理づくり、味づくりは私自身が手がけ、プロのコックに頼らなかったのですが、そのことが良い結果に結びついたと感じています。

 最初から、盛岡冷麺という名物をつくろうと企図していたわけではありません。レストランの本質や食文化の創造をめざして無我夢中で走って来たら、いつの間にかそうなっていた、というほうが実感に近いといえます。この11月6日で21周年になります。

7つの共通価値観 文化は場の力

 当社は社員が共通の理念として認識できるように、次の7つの共通価値観(経営理念)を掲げています。この経営理念は、レストランの本質である「人間性回復の場を提供する」ことで、お客さまに最高の満足感を味わっていただくこと、そして、その喜びや働きがい、満足を社員に深く感じてもらうためのものです。

(1)本物とは何かを追求し「物の世界と人の世界」の調和を構築する
(2)価値ある商品を創造し良心と共に提供する
(3)お客様満足を最優先に細心の気配り気働きをもってお迎えする
(4)環境の保全に心がけ、接続可能な社会づくりに貢献する
(5)国際的な視野に立ち異文化融合の小さな地球を創造し「食と空間」を提供する
(6)社員の幸福と会社の利益とを一致させる
(7)地域社会の一員として法令を順守する

 全体を総合して「食文化を創造し、場の力となるー文化とは場の力」というようにまとめています。地域の文化は、地域に生きる個々の企業が創(つく)り出すものでもあると考え、文化を創造できる企業をめざしています。

 現在、当社のお店は、岩手に7店、東京に2店、そして川崎、仙台にも1店と広がってきています。ここに至るまでには、多くの先輩や先生方にお力添えを頂いてきたことを忘れることはできません。

 私の先生でもある趙重玉さんの言葉ですが、料理を1本の木に例(たと)えると、「幹は中国料理、枝葉は韓国料理、花は日本料理」そして根は「職人の力」だそうです。異文化が融合したものとして今の自分の仕事があると教えていただきました。これからも、食を通して人間性回復の場を提供すること、そして、2つの文化の融合をめざした企業づくり・人育て・地域づくりをめざしていきます。

会社概要

創業 1955年
設立 1983年
資本金 5000万円
年商 17億9500万円
社員数 470名(うちパートアルバイト375名)
業種 レストラン経営・冷麺・惣菜の製造販売
店舗 岩手7店、東京2店、川崎1店、仙台1店
http://www.pyonpyonsya.co.jp/

「中小企業家しんぶん」 2008年 10月 5日号より

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