伝統技術で新分野を開拓

黒瀬直宏嘉悦大学教授が迫る

 嘉悦大学教授の黒瀬直宏氏が全国の製造業を取材し紹介する「業界ウォッチ」特別版。第5回は(株)忠保(大越保広代表取締役、埼玉同友会会員)を紹介します。

(株)忠保 代表取締役 大越 保広氏(埼玉)

大越保広社長

人間性に満ちたビジネス

 「忠保」は5月節句用の甲冑を製作しています。作業場では数人の方が座って手作業をしていました。それぞれの方が甲冑の違う部分を分業して製作しているとのことでした。作業場には今は見られなくなったフットプレス、通称「けっとばし」も並んでいました。金具類を加工するのでしょう。

 読者は学生時代に「マニュファクチュア(工場制手工業)」という言葉を聞いたことがあると思います。それが眼前に展開されていましたが、この「マニュファクチュア」は古い時代の遺物などではありません。同社のパンフレットには次のように書かれています。

 「私たちの作る『甲冑』…それは金細工・木工品・京織物・組紐・皮革工芸といった日本特有の技術を集約し、その上で約5000という工程を経て完成する究極の伝統工芸品だと自負しています。」

 同社では現社長の大越保広氏が生まれた時から在籍する80歳の女性が伝統技能の指導をしています。指導役の後継者として50歳の女性もいらっしゃいます。従業員数は26人ですが、30~40年働いている人が多く、新たにやってみたいという人もあり、人手は不足していません。同社では伝統技能がうまく継承されているのです。パンフレットはさらに続きます。

 「大量生産ばかりが目に付くこの時代、私たちは生まれてくる・生まれてきた子供たちのために“一生にたった一つの宝物”を作れる事に大きな喜びと誇りを感じ、そしてその先にあるのは多くの皆様の『笑顔』や『感動』だと信じながら日々製品作りに励んでいます。」

 私は大いに共感しました。現代の「マニュファクチュア」は大量生産が創り出した無味乾燥な社会に伝統文化に裏打ちされた手作り製品を提供し、人々の笑顔の獲得を信ずるという、人間性に満ちたビジネスを行っているのです。

ほかにない商品開発

サムライボトルキャップ

 とはいえ、2015年4月1日現在、子どもの数は34年連続減少しており、忠保の年商は2億円程度ですが漸減しています。この状況を突破するには製品開発しかありません。同社は甲冑の飾り紐の結び方に「学業成就」を願う神社のお守りの結び方を取り入れ、製品に物語性を付加するなど他企業に見られない製品開発をしています。

 さらに、5月人形以外の市場開拓にも乗り出しました。日本酒やワインの瓶に「着せる」甲冑型の「ボトルアーマー」を考案し、2012年、インターネットとデパートで1個6・5万円~9万円で販売を始めました。人形に着せるのとは違うため一からの開発が必要で、かっこよくかつ着せやすいようにするため20個の試作品をつぶし、1年半かけて完成しました。2016年の売上は前年の1・5倍となり、一升瓶用に300体、ワインボトル用に50体販売できました。さらに、2016年「サムライボトルキャップ」を開発、高さ5センチほどのミニチュア兜をワインの蓋として使うもので、徳川家康、織田信長、伊達政宗、上杉謙信の兜をモチーフにした5種類を製作し、2016年2月の市販をめざします(埼玉県の「県伝統工芸品等新製品開発コンテスト」で優秀賞獲得)。さらに、財布、時計のバンド、バッグにも甲冑の技術を応用した製品の開発をめざしています。

 大越社長は今の売り上げ状況のままだと息子には継がせられないが、仕事の面白さは伝える。あとは本人に任せる。やりたいといった時には受け入れられる状態にしておきたいと言います。この願いが実現することを切に祈ります。

「中小企業家しんぶん」 2017年 2月 5日号より