守りと攻めでどん底から脱出

黒瀬直宏嘉悦大学教授が迫る

 嘉悦大学教授の黒瀬直宏氏が全国の製造業を取材し紹介する「業界ウォッチ」特別版。第6回は(株)熊本菓房(布井吉治代表取締役、熊本同友会会員)を紹介します。

(株)熊本菓房 代表取締役 布井 吉治氏(熊本)

布井吉治社長

守りの経営立て直し

 熊本菓房は和・洋菓子の製造・販売をしています(従業員140人、熊本市)。菓子類への年間家計消費支出は1990年をピークに低下、回復はしていません。熊本菓房もこの影響で、1990年に23億3000万円あった売り上げは2010年14億9000万円(経常赤字)と低下しました。

 同社の販路にはお土産品店などへの卸売りルートと、直営小売店ルートとがあります。いわゆるバブル景気の時期は、小売店を開設すると必ず利益が出、銀行も資金をどんどん貸し、直営店は24店にも達しました。90年代に入りバブル景気は崩壊、赤字店が続出したため、黒字店のみを残して閉鎖し、現在直営店は半分の12店になりました。

 現社長の布井吉治氏は同社がどん底だった2003年に副社長から社長に就任、経営の立て直しに向かいます。その1つがこの直営店の整理。もう1つが負債の整理。「産業競争力強化法」に基づく熊本県の「中小企業再生支援協議会」を活用し、2011年4億5000万円の債務免除を得ることができました。これによる金利負担の減少で、売り上げの減少はなお続いていましたが、2012年は経常黒字に転換しました。

 守りの経営立て直しだけでなく、製品開発による攻めの経営も追及してきました。熊本菓房の本来の強みは積極的な市場開発です。1950年の天草郡での創業以後は菓子パンなどパンの小売り、卸売りをしていましたが、天草五橋の完成で大手の進出が必至とみるやパンをやめ、「九州銘菓天草サブレ」を発売、土産菓子専業へと進みます。“わが社の事業をどのような市場分野に置くのか”という事業分野に関する重要な戦略決定です。

攻めの商品開発

商品の製造風景

 次は新分野での市場開拓です。1974年に熊本市への移転に合わせ「名菓すいぜんじ」を発売、熊本市長をはじめとする重鎮を呼んでの発売記念パーティー、売り上げの10~15%をテレビ宣伝に充てるなどして、熊本市でのポジションを獲得、以後種々のヒット商品を発売します。

 その中でも2002年に発売した「芦北のデコポンゼリー」は初めてのギフト向けの高価格品(単価410円)で、売れるか懸念していましたが、今も続くヒット商品となりました。

 この商品が熊本菓房にとって重要なのは、熊本市では後発の同社は地域のトップ企業より安く値付けしていたのに対し(布井氏によると「負け癖がついていた」)、トップ企業を上回る価格をつけられたことです。消費者が価値を見いだす商品を開発すれば高価格でも売れる確信を持つことができました。私流に表現すると熊本菓房は「価格形成力」を構築したのです。

 最近も商品開発で新たな動きがありました。熊本県大津町も地震で大きな被害が出ました。農業をやめるという人も多い中、後継者たちが「イモセガレブラザーズ」を結成、そのリーダーが、子どもの通う保育園の「パパ友」だった熊本菓房の社員さんと同町の特産熟成カライモを使うスイーツづくりで意気投合、地元のRKK熊本放送局が開発の過程を人気番組の中で何回かに分けて追うことになりました。完成したのが「熟いも いきなりさんど」(2016年12月1日発売)、今のところ限られた小売店で売っているため、卸商社の方から購入希望が寄せられる人気商品になっています。このような商品革新もあって、今期は地震におそわれたものの、増収増益に転じます。本格的な反攻の開始です。

「中小企業家しんぶん」 2017年 3月 15日号より