【黒瀬直宏が行く 魅力ある中小企業】「労働条件基準原理」で生き生き職場 (株)新栄 代表取締役社長 林 卓也氏(千葉)

 黒瀬直宏・嘉悦大学元教授が、社員がイキイキと働く、魅力ある中小企業を取材し、紹介する新連載。第1回目となる今回は、(株)新栄(林卓也代表取締役社長、千葉同友会会員)に話を聞きました。

 (株)新栄(1970年創業、社員29人)は各種のプラスチック、ゴム材、スポンジ材など金属以外の素材をプレス加工し、パソコン内部用部品、テレビに使う遮光用部品、車のバックカメラ用の放熱シートなど多様な部品を製作しています。ゴム材の加工から出発し、加圧能力が小さくて済む金属以外の分野へ市場を広げてきました。2015年度の売上は3億3,000万円、18年度は4億8,000万円、3年間で45%増と好調な売上です。客先は50社、最大売上の顧客への依存度は30%、2012年度では50~60%でしたから、売上を増やしながら特定顧客への依存も減らし、独立企業への道を歩んでいます。

 プレス加工業もアジア企業との激しい競争にさらされ、小さな企業の廃業が続いています。新栄はアジア企業との差別化の鍵を納期に求めています。「明日の朝まで島根県に送ってくれ」という顧客の要望には、中国企業は対応できないからです。しかし、職人気質の社員はこのような要望には反発します。「顧客の課題・悩みを解決するのが仕事」を理念として徹底し、社員は「商人の気持ちを持った職人」として働くようになりました。

 顧客に「商人」として応えるには柔軟な工程計画も必要です。工程計画は「今日、明日」の範囲で決め、納期合わせの管理は現場判断にゆだねています。営業担当者は顧客が喜んでいたということを工場に伝え、現場の努力に応えています。社長の林卓也さんは「えらいものだ」と感心しています。業界では「納期は新栄に頼めば大丈夫」との評価が確立しています。

 社員の生き生きとした働き方の背後にあるのが、社員の主体性を引き出すマネジメントです。林社長は経営者が売上にこだわりすぎると社員をこき使うことになると言います。同社には2027年を目標とする「10年後ビジョン」があります。ここには売上目標も掲げています。しかし最も重視するのが給与や福利厚生に関する引き上げ目標です。

 給与については業界平均の120%への引き上げをめざしています。大卒初任給でみると24万円です(2016年度19万5,000円)。売上目標はこの給与引き上げを達成するのに必要な額なのです。林社長の発想は「売上が上がったから給与を上げる」ではなく、「給与を上げるために売上を上げる」です。私はこれを「労働条件基準原理」と呼びます。かつて日本の財界は給与を抑えるために生産性上昇の範囲内で給与をあげるという「生産性基準原理」をとなえたことがあります(今では生産性が上がっても給与を上げなくなってしまいましたが)。それに対しこれは、労働条件引き上げのために売上や次に見るように生産性を上げるから「労働条件基準原理」と呼びたいのです。

 給与は付加価値(粗利)からの分配になるから目標給与を達成するには売上より付加価値生産性が重要です。(株)新栄は科学的管理に心がけ、「人・時生産性」(1人1時間当たり粗利)のデータをとり、その実績に基づいて目標とする給与引き上げが可能と判断しています。ちなみに同社の「人・時生産性」は2015年度3,470円、16年度3,520円、17年度3824円、18年度4,285円と着実に上昇しています。今年度の目標は4,500円です。労働分配率は55%としているので、これをかけた額が給与となります。重要なのは毎月このデータを社内公開していることです。社員は自分の働きで「人・時生産性」が上がれば給与も経営業績も上がることが実感でき、「人・時生産性」の目標達成に進んで努力することになります。ちなみに林社長は「有給休暇を使ってくれ、使うと人・時生産性が上がるよ」と言っています。給与引き上げ目標が達成されれば、次は労働時間の短縮だそうです。

 大企業勤務経験のある林社長は、自分の仕事ぶりが会社の成績や給与にどうつながるかを実感でき、会社との一体感が持てるのが中小企業のよいところと言っています。「労働条件基準原理」がその実現手段となっています。

会社概要

設立:1977年
資本金:3,000万円
従業員数:29名
事業内容:プレス・カッティング加工によるOA機器、車、工業向け部品の製造・販売。
URL:https://shinei-p.co.jp/

「中小企業家しんぶん」 2019年 7月 5日号より