「学習」が企業を発展させる (株)浜野製作所 代表取締役CEO 浜野 慶一氏(東京)

【黒瀬直宏が行く 魅力ある中小企業】

 黒瀬直宏・嘉悦大学元教授が、社員がイキイキと働く、魅力ある中小企業を取材し、紹介する連載。第3回目となる今回は、(株)浜野製作所(浜野慶一代表取締役、東京同友会会員)に話を聞きました。

 金型製作と量産部品の加工で出発した(株)浜野製作所(東京都墨田区、従業員53名、1968年創設)は、その後精密板金による多品種少量の部品製作へ移行、さらに、加工単価低下に対処するため、開発設計・製作へも進出、来年度は開発設計・製作の割合がさらに増加する見込みです。浜野慶一氏が父親の急逝で修業先から急きょ社長に就任した当時(1993年)、従業員2名、取引先4社の4次・5次下請でしたが、現在は取引先4800社、毎年トップレベルの大学から新卒者を採用できる独立企業に発展しました。浜野社長のお話から感じたのは、このような発展と、不可分なのが社長自身の学習による成長です。

 父親の経営する町工場を継ぐ気のなかった浜野氏は、大学生として就職活動をしていた時、父親から誇りを持って仕事をしていると伝えられます。それまでけんかばかりをしている両親を見て、いやいやながら経営しているに違いないと思っていたため、衝撃を受けます。そして、後年、両親の「ドンパチ」や父親のそれとないふるまいから「経営者として必要なこと」、例えば職人に対する気遣いなどを学んでいたことに気づきます。技術面では、多品種少量生産の時代を迎えると読んでいた父親の指示で、それを学ぶのにふさわしい板橋区の企業で「丁稚奉公」を7年間しました。父親は、給料は一番安くてよいから折り曲げの加工、溶接、プログラミングなどいろいろな技術を学ばせてほしいと頼んだそうです。

 こうして、浜野氏は企業という「実践の共同体」に、まずはその「周辺」に「新参者」として参加、学習を始めました。「周辺」での学習というのは全体(この場合は経営)とのつながりを意識しながらも「局所」から学び始めることです。そして、継いだ工場の全焼(2000年)、その再建など苦労に満ちた実践を経ながら、「実践の共同体」に「十全的に参加」できる―「周辺的・局所的参加」でなく―「一人前」へ成長します。私はそのメルクマールとして“「おもてなしの心」を常に持ってお客様・スタッフ・地域に感謝・還元し、夢(自己実現)と希望と誇りを持った活力ある企業をめざそう”という経営理念を決めたことをあげます。これは経営理念という形をとっていますが、浜野氏の「アイデンティティ」つまり「自分とは何か」を示すものの一部で、学習とはあれこれの知識の獲得ではなく、実践を通じ、人の全存在にかかわる「アイデンティティ」を形成する過程なのです。

 しかし、時代は同社を「金属部品加工」の経営ではすまなくしました。浜野製作所を有名にした電気自動車「HOKUSAI」や江戸っ子1号の開発プロジェクトは単なるロマンではなく、浜野氏が装置類の開発・製作へ進出するための学習でした。また、アイディアは面白いが作り方がわからないというベンチャー起業家支援のため設立した「Garage Sumida」も、ベンチャー起業家との接触から世の中の隠されたニーズを知り、実際のものづくりではこういうことをすると失敗するといった勘所を知る学習の場でした。「古参者(一人前)」が再び「新参者」として学習を始めたと言えます。

 別の文脈で学習を開始できるのは、学習とは学習する力をつけることでもあることを示しています。また、社長就任前後の「新参者」と違うのは、別の実践共同体との連携といういわば「境界人」の役割を果たし、実践共同体を革新的に再生産している点も注目されます。実践共同体での学習と共同体の革新は表裏の関係にあります。

 以上では浜野製作所の発展を「実践共同体への周辺的参加から十全的参加へ、そしてその再生起」という学習の過程として素描しました。学習者として経営者を取り上げましたが、企業とは社員の学習の場でもあり、企業内の学習資源(ヒトやモノ)にアクセスしやすい仕組みを整え、社員の学習を起きやすくすることも、企業の革新につながります。

会社概要

設立:1968年
資本金:2,000万円
従業員数:53名
事業内容:板金・架台・筐体設計、各種アッセンブリー、レーザー加工、精密板金加工、金属プレス金型など
URL:https://hamano-products.co.jp/

「中小企業家しんぶん」 2019年 10月 5日号より