中同協欧州視察参加者レポート

 中同協では欧州視察として9月21~29日までデンマーク、ベルギー、ドイツを訪問しました。
視察に参加した赤津加奈美氏(弁護士法人赤津法律事務弁護士)、中山英敬氏(中同協幹事長)のレポートを紹介します。

日本を周回遅れにさせない中小企業家同友会の役割

弁護士法人赤津法律事務所 弁護士 赤津 加奈美(大阪)

 EU小企業憲章の「新しい経済」とは、ITと再生可能エネルギー(RE)を基盤に、多様な中小企業が繁栄する地域循環型経済、と私は解釈しています。これはEUエリートによる理想社会の表明などではなく、実は、次の時代を欧州(EU)がリードすることを狙ったしたたかな経済戦略ではないか、と勘繰ってました。今回の視察はこれを私の確信にしました。

 EUはRE導入に明確な数値目標を掲げ、確実に達成してきています。デンマークはオイルショックを契機にREへ舵を切りました。2021年からEU域内の全ての新築建物はZEB/ZEH※が義務づけられ、今年からすでに公共建物の新築はZEB/ZEHになっています。欧州でのエネルギーシフトは、エネルギー源に限らず、社会の構造や価値観が根底から変わるパラダイムシフトと考えるべきでしょう。

 人権についても、国連のビジネスと人権に関する指導原則に基づく国別行動計画(NAP)がEU加盟国の多くですでに策定されており、人権デューデリジェンス(DD)は日本企業の目前に迫ってきています。人権尊重や環境保全の要求レベルもより具体化より定量化が指向されています。

 中小企業政策も、小企業憲章の理念である“Think small first”を実効化するため、小企業議定書(SBA)にSMEテストを盛り込んでいます。欧州全中小企業の約半数を組織する中小企業連盟(SMEunited)は今やEUにおけるソーシャル・パートナーとしての地位を得ています。

 EUは着々と“新しい経済”でリーダーシップをとるための基盤づくりを進めています。振り返ってわが日本(日本政府)はどうでしょうか?

 エネルギーは、あれほどの大事故を経験しながらいまだに原発に決別せず、REの本格導入を決断できずにいます。特に、REの小規模分散、自然環境調和の長所を日本のFIT制度は生かせませんでした。ITに関しても、日本が米中はじめ世界から遅れつつあることは認めざるを得ません。中小企業の現状や地域経済の疲弊に対して、日本政府はいまだ有効な手立てを打てないでいます。さらに、最近の災害多発が日本経済、特に地域経済に追い打ちをかけています。

 中小企業家同友会が掲げた日本経済ビジョンは、EU小企業憲章の“新しい経済”とよく似ています。EUは着実に進めているのに、どうして日本政府は進められないのか。そのヒントや日本政府の問題点が欧州視察によって見えてきたと思います。

 日本の法律や制度、日本社会の民度の障害はありますが、次代の主役を期待される中小企業こそ日本経済ビジョンに確信を持ち、知恵と勇気を絞って地域を変えることができると思います。

※ZEBは、ゼロエネルギービル、ZEHゼロエネルギーハウスの略称。

学んだことを今後の活動と運動に!

中同協 幹事長 中山 英敬

 今回の視察で学んだことを、今後の同友会の活動と運動にどのようにつなぎ生かしていくかという運動の観点から、学びを大きく3つに整理しました。

 1つ目は「教育」の観点からの学びです。デンマークのロラン島(人口約6万5,000人)を訪問して、地域を再生し持続可能な社会をつくるには、教育が最も重要であるということです。地球温暖化により気候変動が進んでいるという現状の一方で、自分たちの足元に多くの資源がたくさんあり、自分たちが生活していく上で必要なものは自分たちの地域ですべてつくれるということを子どもたちに教育することです。ロラン島を支えていた産業は時代の変化とともに廃業となり地域は衰退するばかり。そのような中で、子どもたちへの教育で見事にその地域は再生できたのです。私たちの地域づくりの運動も、学校教育の早い段階からかかわりを持ち、これからの時代を豊かに生きるためのSDGsやエネルギーシフトなどを含む新しいキャリア教育を、地域の中で考え展開することがとても重要です。「地域で若者を育て、地域に若者を残す」活動の具体的かつ先進的な事例でした。

 2つ目は「経営指針」の観点からの学びです。SDGsやビジネスと人権への取り組みは、デンマークをはじめ欧州が世界的にも進んでいるといわれています。同友会として、また一企業としてどのように取り組むのかを考えました。人権研究所をはじめ、訪問した各団体で共通していたことは、この取り組みの根底にあるのは「人権の尊重」であり、それを経営で実現するということです。SDGsは、経営のマネジメントの中に多くのチェック項目として位置づけされており、経営実践そのものがSDGsにつながるのです。重点課題として、デューデリジェンス(人権尊重のための相当の注意)を経営の中でどのような仕組みで行うのかがあげられていました。有効なマネジメントツールがないのです。「労使見解」を柱にして経営指針の各方針にSDGsを位置づけ、企業変革支援プログラムなどを活用し、経営のPDCAのサイクルを回すこと。この仕組みが一番だと思いました。

 3つ目は「中小企業振興基本条例」の観点からの学びです。欧州では、小企業憲章は小企業議定書(SBA)へと発展し、SMEテストなど中小企業施策は充実しています。しかし、なかなか成果につながらない大企業目線のものもあるようです。同友会では、中小企業憲章の国会決議をめざしながら、その精神を各地で実現するために中小企業振興基本条例を推進しています。その条例に基づき経営努力をする中小企業が増え、施策も充実してきます。また、SDGsやエネルギーシフトを条例に関連づけて展開することで、持続可能な豊かな地域づくりにつながります。この精神を条例推進により全国の隅々にまで広め深めることが最も重要です。条例推進運動のすばらしさを改めて痛感しました。

 以上の3つのことは、世界的にも共通して求められているものだと思います。多くの企業が、「人を生かす経営」(「労使見解」を基にした人間尊重の経営)を経営指針に位置づけて実践すること。地域づくりにおいては、条例で理念(地域および中小企業の考え方)を示し、ビジョン(中小企業が活躍する元気なまち)を描き、その実現のための方針を策定する中に人権の尊重(人間尊重)を中心に据え、SDGsやエネルギーシフトを位置づけて、みんなで取り組むこと。そして、地域ぐるみで新しいキャリア教育を行うことです。私たちは、すべての人がその人らしく、楽しく働き生き生きと暮らせる豊かな地域社会をめざしています。同友会運動のすばらしさを、世界的な視点からも強く実感できた視察でした。

「中小企業家しんぶん」 2019年 12月 5日号より