連載「エネルギーシフトを考える」第9回 「次世代への配慮」は「私たちの次の世代への思いやり」

5人に1人が黒い森に戯れる

 その森の暗さが北部ゲルマン人の進出を拒んだとも言われるドイツの「黒い森」は、南北約160キロメートル、東西60キロメートルにわたって広がり、トウヒ(唐檜)などの針葉樹林が鬱蒼(うっそう)と生い茂ります。車で20~30分のところには、人口約22万人のフライブルク市があり、週末には待ち望んだ人々が森林浴に訪れます。

 2015年の11月のエネルギーシフト(ヴェンデ)第2回ドイツオーストリア視察時、現地はダウンジャケットを着込んでも震えるほどの大変な寒さでした。黒い森を訪れたとき雪はしんしんと降り、私たちは移動バスの中で縮こまっていました。しかしその脇をカラフルな防寒着と毛糸の帽子を被ったカップルや家族連れが、リュックを背負って雪が積もる森の中に楽しそうに歩いて入っていきます。初めて見る雪中の風景が不思議でなりませんでした。

 私たちが毎年訪ねてきたドイツ西南部のバーデン・ヴュルテンベルク州は、面積約3万6000平方キロメートル、うち森林率が約40%の地域です。その森林を約1000万人の人口のうち、1日平均約200万人が利用していると言われています。実に5人に1人が日常生活の中で森に入っていることになります。

 なかでも黒い森を中心としたシュヴァルツヴァルト地域の宿泊客数は年間約800万人、宿泊数は年間のべ2100万泊もあると言われています。森林、そして観光業が一体となり、農山村の暮らしを支える重要な収入源となっています。

 実際に訪れた村々のほとんどが、人口2000~3000人の黒い森に囲まれた小さな集落が多く、その中心には小さな専門店街、宿泊施設と落ち着いたレストランがそろい、週末や長期の休暇で訪れる近隣の都市圏からの森林浴を楽しむ観光客を迎えています。都市化が進む中で、欧州ではこうした需要はむしろ高まっています。

鉱山経営と森林保全を同時に

 最近よく耳にする「持続可能性(サステナビリティ)」という言葉ですが、実は300年以上も前の1713年に発刊された、ハンス・カール・フォン・カルロヴィッツ(Hans Carl von Carlowitz 1650-1718)の「経済学的な視点から見た森林開発(Sylvicultura oeconomica)」で書かれたのが最初であったと言われています。

 ドイツ、ザクセン州の鉱山総監督であったカルロヴィッツは、鉱山経営者としての視点を持ちながらも、鉱山周辺の森林が計画なく伐採されはげ山になっていく姿に心痛めていました。同時に鉱山では鉱物を溶かすために大量の木材が燃料として使われます。近隣から伐採していくと、次第に遠くまで行かなければ調達できなくなり、鉱山の経営を圧迫するようになります。まさに現代のような原料調達のための費用と物流の問題が表面化しました。鉱山経営を維持発展させながら森林を守り、さらに地域の産業としての林業や農業が自分たちの子どもや孫の世代にまで将来にわたり持続させ続けるためにどうしたらよいか。その問題提起から描かれたのが同書です。「どうしたら将来世代のために蓄えを保ち続けられるか」という視点から描かれています。

私たちの次の世代への思いやり

 私たちが欧州視察の中で毎回、森林環境コンサルタントの池田憲昭氏から、ドイツのエネルギーシフト(ヴェンデ)の考え方の根底にある表現として、繰り返し森の中で聞いてきた「次世代への配慮」という言葉があります。

 この考え方はカルロヴィッツのはるか前から世代を越えて引き継がれてきたと言われ、ドイツ人の生き方そのものを表現しているのかもしれません。「今の自分たちの世代のことだけを考えて、森を一気に切ってしまったら、将来の世代は生きていけない、村や地域や産業は、消滅してしまう。将来の世代もしっかり生活していけるような森林利用をしなければならない」(同友いわて池田氏コラムより)という考えです。

 持続可能性(サステナビリティ)と聞くと、他人ごとになりがちですが、「私たちの次の世代への思いやり」と言葉を変えるだけで自分ごとへと変化します。そのために地球の気候変動に影響を与え続ける温室効果ガスを極力削減しよう。そしてその原因の最も大きな、私たちのエネルギーや熱利用への考え方を大転換しよう、生き方そのものを変革しよう、というのがエネルギーシフトであり、エネルギーヴェンデの根幹ではないかと思います。さらにカルロヴィッツの提起のように、次世代のために、経済も環境も社会も持続的に循環し発展を続けられるようにすること。まさにこれがSDGsのめざす理念にもつながります。

 私たちが繰り返し黒い森を訪れる背景には、こうした「次世代への配慮」という考え方から来る森との付き合い方に大きな興味を抱いたからでした。さらに、ドイツの2倍以上の森林を保有する日本の山々の経営者が高齢化し後継者が少なく、荒廃していく姿を見て、次の世代に年の森を引き継ぐために、私たちに何ができるかを考えたいと思ったからでした。

岩手同友会事務局長 菊田 哲

「中小企業家しんぶん」 2021年 2月 5日号より