【黒瀬直宏が迫る 中小企業を考える】第4回 経営者能力の必要性 NPO法人アジア中小企業協力機構 理事長 黒瀬 直宏

 「中小企業を考える」をテーマにした黒瀬直宏氏(嘉悦大学元教授)の新連載。第4回目は「経営者能力の必要性」についてのレポートです。

 前回、規模の小さい中小企業には情報共有の有利性があり、これが企業家活動(場面情報発見活動)を活発化させることを、企業家活動における「中小規模の経済性」と呼びました。しかし、この経済性は自動的に発揮されるのではなく、次のような経営者能力が必要です。

企業家的能力

 中小企業では、経営者は企業家活動を行わないが企業は企業家活動を行うということは考えらず、経営者自身に企業家能力が必要です。経営者は自ら場面情報を発見するため、進んで生産や販売の現場に出なくてはなりません。また、現場での出来事を意味のある情報に変換するには、問題意識を磨いておかなくてはなりません。そのため、熱心に勉強し市場の基本トレンドなどの把握に努めねばなりません。そして、忘れてはならないのは、情報共有ループ構築能力も企業家的能力に含まれることです。企業家活動は「場面情報」発見活動を中枢としますが、情報発見活動は情報共有ループで結びつけられた共同体的活動として実施されないと効果的でなく、情報共有ループの構築も情報発見活動の一環をなすからです。

民主的な人間関係観

 情報共有ループの構築は単なるテクニックでできるものではありません。情報共有を行うには民主的な人間関係観が必要です。情報の独占は所有権と並ぶ支配の源泉ですから、一般従業員による情報共有は、その地位を引き上げることになります。企業を家業と考え、従業員を使用人とみなすような経営者やそれを疑問と思わないような従業員からなる企業では実行できません。

 従業員は経営者と人格的に対等で、共通の目標を達成するためのパートナーです。このような考えを「経営パートナー主義」と呼びましょう。情報共有は「経営パートナー主義」を土台とします。これは、同友会会員にはお馴染みの考えのはずです。「中小企業における労使関係の見解」(1975年1月)で謳(うた)われていることですから。

戦略構築能力

 一体的な企業家活動を行うには経営管理能力、特に経営理念・経営戦略を構築する能力も必要です。人々が共感を覚え、働く意欲を湧かせる経営理念、環境変化と自社の経営資源を勘案した、合理的で説得力のある経営戦略――これらがないと一体的な企業家活動はできません。

 経営学者のカッツは経営管理者の能力を次の3つに分けました。

 第1はテクニカル・スキル。特定分野の仕事の方法、進め方、技術などに関する理解や熟練のことです。

 第2はヒューマン・スキル。グループのメンバーとして効果的に働く能力、また、リーダーとしてチームに協調的行動を生み出す能力です。その中心は相手のニーズやモチベーションを嗅ぎ取り、自分の行動がどのような反応をもたらすかを判断できる感受性です。

 第3はコンセプチュアル・スキル。企業を全体として捉え、組織の種々の活動や利害を共通の目的に向け調整、統合する能力です。組織の各種機能の相互関係、企業と社会との関係を理解していなくてはなりません。

 以上の中で戦略構築に必要なのが、コンセプチュアル・スキルです。私の考えではテクニカル・スキルは反復によってあるレベルには到達し、ヒューマン・スキルも生得的な差はありますが、人の中でもまれる中で身についていきます。だが、コンセプチュアル・スキルについては、日常業務から一歩離れた広い視野に基づく勉強とそれを続けられる知性が必要なため、このスキルに関しては経営者間で差がつき、戦略構築能力の優劣が目立ちます。各地同友会が経営指針作成の勉強会に力を入れているゆえんです。

 企業家活動に関する中小規模の経済性は自然に発生するのではなく、以上の経営者能力・資質が必要です。