【黒瀬直宏が迫る 中小企業を考える】第6回 大企業体制の形成

 「中小企業を考える」をテーマにした黒瀬直宏氏(嘉悦大学元教授)の連載。第6回目は「大企業体制の形成」についてのレポートです。

中小企業の問題性の側面へ

 前回までは中小企業が発展しうる根拠として企業家活動に関する「中小規模の経済性」について考えました。これは本連載初回で「a.中小企業は大企業にない固有の発展性を内在させているが、b.その発現を妨げる固有の問題性も課せられている。そのため、c.中小企業は発展性と問題性の統一物になる」という見方を示しましたが、このうちのaの根拠に関する説明です。今回からbの説明に入ります。

 中小企業には固有の発展性があります。しかし、実際には中枢産業部門の少数大企業に経済力が集中している産業体制(以下、「大企業体制」)下に中小企業が置かれているため、多くが発展性の発揮を抑えられています。

大企業体制の形成

 市場経済には同程度の規模の企業同士が競争する時代がありました。例えば、20世紀初頭のアメリカの自動車産業では自動車会社が69社もあり、多様な車を富裕層向けに作っていました。フォード社も当初は高級車を作っていましたが、1908年、農民向けの大衆車、モデルTを投入しました。農民の自動車へのニーズは「堅牢」「操作が容易」「余裕のある馬力」というもので、T型はこの潜在していた均質・大量のニーズに見事に適合しました。「需要均質分野」が一旦拓かれると競争の中心は多様な需要への適合ではなく、規模の経済性の追求、つまり分割不可能な大規模設備による生産性の上昇になります。それが価格を引き下げ「販売の不確実性」を低下させるからです。フォード社は連続組み立て方式の導入により価格引き下げに成功、他企業を市場から排除しました。結果、1929年の中小メーカーのシェアは15.9%、35年に2.6%となり、中小企業は自動車産業から駆逐されました。

 こうして自動車産業は高い市場集中度と参入障壁を築いた少数大企業が支配し、多くの産業の結節点で大量需要を擁する中枢産業部門となりました。アメリカでは20世紀に入るころからこのような中枢産業部門が次々に形成され大企業体制が生まれました(日本では第1次世界大戦後になります)。

中小企業への影響

 では、中枢産業部門から排除された中小企業はどうなるのでしょうか。連載第2回で述べたように、中小企業は規模の経済性を発揮しにくいが企業家活動が重要な、需要多様分野を存立分野とすることになります。しかし、その分野も大企業の強い影響下に置かれます。例えば次のとおりです。

 中枢産業部門は産業連関を通じ、自動車のように多くの産業への需要起点になり、鉄鋼、半導体のように多くの産業への原料、部品の供給起点になります。『中小企業白書2007年版』は大企業が需要の起点になっているという視点から、東京商工リサーチが持つ製造業14万社(製造企業の約3割をカバー)のデータを分析したところ、全14万社中のわずか0.54%(773社)の上場企業からの需要に直接、間接に依存する企業が約6割(8万社)もあることがわかりました。このデータでは上場企業以外はほとんど中小企業です。この関係により、中小企業は少数大企業の生産計画・設備投資計画、購買政策(内外製の方針、購買量・購買価格の方針など)の強い影響を受けます。これはあくまで一例です。大企業の中小企業への影響をまとめてみます。

 まず、経済の拡大やその方向は中枢産業部門の設備投資、技術革新に大きく左右されるため、大企業に需要を依存しない4割の企業を含む中小企業全体の経営環境が大企業によって形成されます。かつての高度成長、現在の経済停滞、かつての産業の重化学工業化、現在の産業のデジタル化をもたらしたのは中枢産業部門の大企業です。

 次に、大企業の経営行動が取引・競争関係を通じ中小企業に影響を及ぼします。上記のような需要起点となっている大企業の影響はその一部です。

 次回は大企業の経営行動が取引・競争関係を通じて中小企業を圧迫する問題を取り上げます。

「中小企業家しんぶん」 2021年 4月 5日号より