【中小企業を考える】第8回 経営資源問題

NPO法人アジア中小企業協力機構 理事長 黒瀬 直宏

 「中小企業を考える」をテーマにした黒瀬直宏氏(嘉悦大学元教授)の連載。第8回目は「経営資源問題」についてのレポートです。

 今回は中小企業問題の2番目として、中小企業では資金と労働力が不足するという経営資源問題を取り上げます。

資金難

 資金難はかつては中小企業問題を代表するものでした。前回述べたように中小企業は「原料高・製品安」により価値を奪われ、親企業による下請代金の支払い遅延、売上計画達成のための「協力金」の要求などによっても価値を吸い上げられる―こういう収奪問題により内部資金が不足します。

 そのため中小企業は外部金融に頼ることになりますが、その中心は間接金融(銀行借入)です。かつては、融資集中機構といって都市銀行が日銀信用をバックに優先的に大企業に資金を融通する仕組みが形成され、中小企業は大企業の資金需要がない時に貸し付けられる「限界的貸付先」とされていました。信用金庫の発展や大企業の直接金融(株式、社債発行)への移行により、金融機関の中小企業への融資割合は増加しましたが、借り入れが楽になったのは全体から見ると一部の優良中小企業でした。また、1990年以降でも優良中小企業を含め数度の借入難が起きました。1997年の金融システム危機では中小企業に対する貸し渋り、貸し剥がしが横行し、中小企業をパニックに陥れました。2007年と08年には世界金融危機で社債等の発行が困難になった大企業による銀行借り入れで、中小企業が締め出されることが起きました。

 中小企業の資金難は戦後復興期~高度成長期に比べれば改善されていますが、日銀「短観」によると、中小企業の資金繰りDIは以上の内部資金の不足と借入難により91年以降のほとんどの期間マイナスで(2014年以降プラスへ)、特に借入難の時期には資金難が悪化しました。

労働力不足

 中小企業の労働力不足の第1の要因も収奪問題です。中小企業は不利な価格関係などにより価値を奪われるため賃金支払い能力が不足し、収奪をカバーしようと労働時間も長くなります。

 近年、生産年齢人口減少と共に中小企業の労働力不足が悪化し、コロナ禍の今でも労働力不足を訴える中小企業が多く見られます。しかし、中小企業の労働力不足は人口動態に基づく自然現象ではありません。1990年代以降、収奪問題で賃金を上げられず(大企業との賃金格差拡大)、大企業に労働力を優先吸収されたことが原因です。中小企業庁「下請等中小企業の取引条件の改善に向けた調査」(2016年3月発表)では、取引単価の引き上げにより収益が改善した場合「従業員の賃金を引き上げる」と回答した企業は、71.6%に及びます。収奪問題が中小企業の賃金支払い能力を低めていることを物語っています。

 第2の要因が大企業の強力な情報発信力です。大企業は販売促進活動を通じ企業情報を発信し続け、社会的知名度(ステータス)を高めています。子どものころから有名企業の名を刷り込まれてきた人には、有名企業に入社することが一流の人生と映ります。中小企業は賃金は劣っても、経営計画策定など中枢業務への参加、仕事の範囲や裁量の余地が大きい、一人ひとりに配慮した働き方など、働きがい・働きやすさという「非経済的報酬」では大企業を上回る企業は多くあります。ですが、情報発信力がないためこの魅力を伝えられず、人材吸引力が弱くなります。

 こうして引き起こされる中小企業の労働力不足には、仕事量に見合った従業員を確保できないという量的不足と中核労働者の不足という質的不足があります。中核労働者とは、変化への柔軟な対応能力を持つ若年労働者、熟練技能・技術開発・マーケティング能力を持つ専門人材、マネジメント能力を持つ管理人材、そして企業存続に必要な経営後継者などです。中小企業においても量的不足は経済の停滞期には緩和しますが、質的不足は緩和せず、慢性的な問題となっています。特に近年は経営後継者難の深刻化で廃業が増え、中小企業の人材難は中小企業の廃業問題へ発展してしまいました。

 このように大企業に経営資源を優先吸収され、中小企業が経営資源不足に陥るのが経営資源問題で、これは収奪問題が中小企業の生産した価値を奪うのに対し、中小企業の価値の生産能力を抑制するものと言えます。

「中小企業家しんぶん」 2021年 5月 15日号より