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連載「エネルギーシフトを考える」第11回 欧州から岩手へ。岩手から地球環境へ(1)

次世代に継承してほしいから、こだわってつくる

 岩手同友会のエネルギーシフト(ヴェンデ)研究会の立ち上げから7年。各企業でのさまざまな実践がスタートし、その輪は全国に広がっています。2021年、5月と6月の2回にわたりオンラインで開催された実践報告会では鹿児島、宮崎、愛知、秋田、岩手から10社が登場。のべ7時間の報告会は、これまでの想定が根底から覆されるほど、それぞれの企業での新事業展開、地域実践が披露され、驚きの連続でした。そのほとんどが本業を突き詰め、使うエネルギーを「省く」、「小さくする」、地域にある資源を「生かす」、省・小・生(ショウ)エネルギーの取り組みから誕生したものばかりです。これはどの企業でも今日から取り組めるエネルギーシフトとして私たちが提起してきたものですが、省・小・生・創・商(5つのショウ)エネルギーの取り組む順番の確かさを確信できる内容でした。

 愛知のハーレーのカスタムパーツ卸業を営まれる鈴木学氏(スズキ&アソシエイツ代表取締役)は、欧州の視察から新築の店舗、倉庫、事務所を、木造のZEB(ネットゼロエネルギービル)基準でつくりあげました。その根底には、「人に優しい、人が生きる環境づくり。人が集まる、働きやすい会社づくりへ」という「人を生かす経営」の理念があります。

 オンラインの画面を通して、田村滿氏((株)高田自動車学校取締役会長)は、目頭を押さえながら「こんなにうれしいことはないね」と、鈴木氏の話を聴いていました。実は鈴木氏のモデルは岩手、平泉ドライビングスクールの校舎にあります。本来地域のエネルギーステーションまでめざした試みでしたが、建物の性能に絞り、木造にこだわってパッシブ基準で建てた理由がありました。田村滿氏は常々、「なぜこんなにも断熱性能を高めた、エネルギーシフトを意識した校舎にしたか。全国の建築を学ぶ学生に、ここでの経験を未来に継承してほしいから」と話していました。ようやく実現した思い。その原点は東日本大震災にあります。

復興の中で語り始めたエネルギー問題

 2013年10月に行われた中同協のドイツ・オーストリア視察は、「エネルギーシフト」というキーワードを欧州から日本、そして岩手に持ち帰った大きな契機でした。

 東日本大震災の発災から2年。当時の陸前高田は、積み上がったがれきの姿こそなくなったものの、街の営みが失われ、唯々広大な土地が広がる光景に、その後の未来の街の姿を想像できない状況にありました。それでも東大のとある研究室にうかがい、陸前高田沖での洋上風力発電の構想を描くなど、閉塞感を打開しようと必死でもがいていました。

そうした閉塞感に苛まれた私たちの姿を見越して、当時の中同協会長の鋤柄修氏の発案で被災同友会に声がかかり、全国の皆様から寄せていただいた支援金をもとに欧州視察への参加の機会を頂戴したのでした。その後、中同協東日本大震災復興推進本部研究グループ(REES)で復興と持続可能な社会をめざして重ねられた議論は、9年を数えました(震災から10年を機に活動終了、現在はREESⅡへ継承)。震災から10年という月日を振り返ると、エネルギーシフト運動の原点がここにあったのだと、改めて気づかされます。

 2013年当時、ドイツ・オーストリアへの出発前の6月に大槻眞一氏(阪南大学元学長)を迎えて行われた事前学習会では、「EU小企業憲章とエネルギー問題」について議論がなされました。現在と違い、エネルギーと地域課題、そして中小企業の持続的な発展を語る報道記事は、ほとんど見かけることはありませんでした。それだけ大震災からの復興への意識に日本全体が傾いていました。今振り返ると、そんな中でも地球環境の未来にまで意識を置き問題提起をしていたことに、同友会の先進性を改めて感じることができます。

これは次世代の地球の話だ

 ドイツ・オーストリア視察は衝撃の連続でした。がれきが残る街での例会の翌日、13時間のフライトを経て突然目の前に現れた中世から続く美しい石積みの街並み。そして行く先々で目のあたりにした真実の数々に、「被災地の復興のため」という狭められた意識から風船が膨らむかのように、私たちの生き方そのものに向き合う姿勢に変化していきました。大震災の現場に立ち続けることは、それほどまでに厳しいことであったのだと思います。

 オーストリアのツヴェンテンドルフ原子力発電所は住民投票の結果、反対が50・47%という僅差(きんさ)で上回り、プロジェクトそのものが中止となりました。結局稼働しなかったほぼできあがった状態の原発の内部に入って初めて、核燃料で発電するという巨大装置への違和感を感じました。

 福島で生まれ、原発の安全を決して疑ったことのない心に、大きな衝撃を受けます。これはエネルギー問題ではなく人類の問題、そして次世代につなぐ地球の未来の話なのだと気づきます。

 オーストリアのギュッシング市は、バイオマスエネルギーのみで地域の100%自立を実現したとされ、当時世界中から視察が絶え間なく訪れていました。日本からの経営者が訪れると聞いてかけつけた市長は「経営者の皆さんだから」、と前置きし、実は市の財政が回らず破綻寸前であることを吐露(とろ)しました。そんな事実は、ネットのどこを調べてもありませんでした。まさに百聞は一見にしかず。ここから訪問団のエネルギー問題への意識が大きく変化していきました。

「世界で一番寒い家」の衝撃

 さらに追い打ちをかけるように最後の訪問地、ドイツ・フライブルク市のヴォーヴァン住宅街で、東北で生きる私たちにとって耳を疑う言葉を聞きます。

 「岩手を含む北東北は、世界中で一番寒い家に住んでいます。ここは岩手と同じく外気は冬場マイナス10度になりますが、部屋の中は無暖房で16度以下になりません。これは人権の問題です」。この言葉への衝撃が、私たちのエネルギーシフト運動への挑戦の源であると言っても過言ではありません。

 「そんなはずはないだろう」。しかし帰国してすぐ調べると、岩手の脳血管疾患で亡くなる方が、男女ともに日本ワーストワンである(2012年)という事実が、わかってきました。のちに室温の大きな差がヒートショックを生み、それが脳血管疾患の原因の1つであることがわかるのですが、岩手同友会でのエネルギーシフト(ヴェンデ)への挑戦は、こうして、「世界で一番寒い家」への悔しさからスタートしたのです。

岩手同友会事務局長 菊田 哲

「中小企業家しんぶん」 2021年 7月 15日号より

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