【黒瀬直宏が迫る中小企業を考える】第11回 企業家的中小企業(その1)

NPO法人アジア中小企業協力機構 理事長 黒瀬 直宏

 「中小企業を考える」をテーマにした黒瀬直宏氏(嘉悦大学元教授)の連載。第11回目は「企業家的中小企業(その1)」についてのレポートです。

3タイプへの分化

 本連載第10回では、中小企業は企業家活動の有利性による発展作用と中小企業問題による抑制作用を同時に受け、「発展性と問題性の統一物」になるとしました。この中小企業の本質は中小企業の3タイプとして現れます。

 中小企業は競争を通じて、問題性を打ち破って発展性の十全の発揮に成功する「企業家的中小企業」、発展性と問題性を共に抱える「半企業家的中小企業」、問題性に押しつぶされ、発展性を消失させた「停滞中小企業」に分化するのです。

「企業家的中小企業」

 このタイプは新しい事の源となる「場面情報」発見活動(企業家活動)を需要に関しても技術に関しても活発に展開し、中小企業問題の壁の突破に成功。情報参入障壁で囲まれた「独自市場」構築により価格形成力を獲得しています。中小企業問題が存在しながら、どのようにしてこういう中小企業が現れるのか、次の3つの壁の突破が必要です。

第1の壁 需要情報発見活動の困難

 中小企業は販売を確実にするには需要と技術に関する「場面情報」の発見が必要ですが、このうち需要情報の獲得には技術情報獲得に比べ固有の困難があります。

 技術情報は生産目的に合わせ自分にとって必要なものを選べばよいですが、需要情報は他人の必要性に関する情報のため、技術情報のように探索範囲を限定できません。また、それは他人の発言や行動から察知することになりますが、他人の思いを正確にくみ取るのは容易ではありません。これらのため、確度の高い需要情報の発見には困難がつきまといます。見込み違いの需要に基づく経営は破たんにつながります。このリスクを避け、大企業の外注に販売を依存する企業も現れます。しかし、何気ない顧客の一言などからその奥に秘められている需要を感知するような「場面情報」発見能力は人から失われることはなく、それに関する中小規模の経済性も決してなくならず、技術と同時に需要面でも企業家活動を展開する中小企業は必ず現れます。

 しかし、需要情報を発見し、それに応じた商品を提供しても売れるとは限りません。大企業が強力な販売促進活動で人々の信用度を高めていることが、反射的に名を知られていない中小企業の信用度を落とすため、よいものを作っても売れないのです。ですが、これも突破できます。

 顧客の要求に誠実に応え、1人でも2人でもよいから顧客を味方につける。その顧客が口コミで潜在的な顧客に評判を伝えてくれる。特に評判に影響を与えるのが技術力です。顧客のさまざまな技術的な要求に嫌がることなく対応する。それが評判になり、ほかで断られた技術難度の高い仕事が持ちこまれる――という形で顧客の拡大と技術の向上が好循環を形成し、市場が拡大します。

第2の壁 大企業の参入

 市場が拡大したところで第2の壁が現れます。市場拡大に刺激された大企業の参入です。大企業は中小企業が特許を持っていてもそれに触れないように上手に類似製品を開発します。それを大量生産技術で低価格販売する大企業の戦略は、その知名度と相まって中小企業にとって大きな脅威です。しかし、大企業は企業全体としては豊富な経営資源を持っていますが、当該分野は大企業の1事業部門にすぎず、その事業に必要な経営資源に関しては専業の中小企業の方が豊富です。

 例えば、技術には経験の積み重ねで得られた部分があり、他企業にはブラックボックス化しているため大企業でもその技術情報を得るのは容易ではありません。結果、後発大企業の品質が劣り、撤退するというケースは珍しくありません。専門店が百貨店との競争で負けないように、専業中小企業は多角化大手企業に勝利できます。

 以上のようにして2つの壁を突破し、情報参入障壁で囲まれた独自市場の構築に成功する中小企業が現れます。ここまでくれば一応「企業家的中小企業」の誕生と言えますが、まだ第3の壁が残っています。それについては次回に述べます。

「中小企業家しんぶん」 2021年 7月 15日号より