【黒瀬直宏が迫る 中小企業を考える】第12回 企業家的中小企業(その2)

NPO法人アジア中小企業協力機構 理事長 黒瀬 直宏

 「中小企業を考える」をテーマにした黒瀬直宏氏(嘉悦大学元教授)の連載。第12回目は「企業家的中小企業(その2)」についてのレポートです。

「企業家的中小企業」への第3の壁

 前回は中小企業問題という壁がありながら、「場面情報」発見活動(企業家活動)を需要と技術の両面で展開し、価格形成力を獲得している「企業家的中小企業」がどうして現れるかを述べました。そのポイントは、需要情報発見活動の困難と後発大企業の参入という2つの壁の突破で、これに成功すれば「企業家的中小企業」の誕生と言えます。だが、まだその存在はサステイナブル(持続可能)とは言えません。中小企業の経営資源問題の1つ、人材の獲得難を解決していないからです。企業家活動は情報共有のループで結ばれた共同体的活動でなくてはならず、経営者個人の活動に頼っていては持続できません。

 企業家的中小企業は有望な事業を行っていても、人材採用は容易ではありません。人材は知名度のある大企業に関心を持ち、中小企業には冷淡です。ある経営者の言ですが、「わが社の門をくぐってくれれば説得のしようもあるが、くぐってくれないのだからどうしようもない」。この人材難が「企業家的中小企業」への第3の壁です。しかし、この壁の打破に成功している中小企業もあります。主なものとして次のような努力を指摘できます。

働きがいのある職場

 企業で働く労働者の目的は生活に必要な賃金を得ることです。しかし、人は労働から経済的報酬だけでなく非経済的報酬も求めます。人は肉体を動かす前に何をどのように作るかを構想し、それに基づき一定の緊張を持って労働力を支出し、成果物を得ます。労働の終わりには形が変えられた原材料だけでなく、自分の構想が現れます。人はそれを見て自分の能力を確認し、自己実現の喜びを得ます。また、その成果物が他の人に役立ったのが実感されると、喜びは倍加します。動物も労働によって生活資料を獲得しますが、その本能的労働にこのような喜びはないはずです。人の労働には非経済的報酬があり、それが損なわれると高給を得ていても、労働は苦痛となります。

 中小企業は規模が小さいため、一般従業員が労働の「構想」に当たる企業の「経営計画」の策定に参加できます。最上位の計画には参画できなくても、情報共有は容易なのでその計画に納得し自分のミッションとし肉付けし、自分自身の実行計画を策定します。また、「経営計画」にはまったく関与しなくても、受注から納品まで一貫して実務を任され、いわば個人事業者のように広い裁量によって働く場合もあります。これは専門性の高い仕事をしている企業でよく見られます。以上の場合、雇用関係に根ざす労働の「やらされ感」は薄れ、労働の成果も自分自身の能力の発現として、喜びを伴うものとなります。こういう、中小企業の特性を活かし、働きがいのある職場を構築することが、人材獲得に成功している中小企業の1つの特徴です。

労働条件ファースト

 「経営計画」に時短や賃金引き上げを目標に掲げ、そのために労使共同で付加価値生産性を高める努力をしている中小企業もあります。生産性が上がったらその分け前を労働条件引き上げに回すのではなく、労働条件を向上させるために生産性を上げるという発想です。前者の「生産性基準原理」に対し「労働条件基準原理」あるいは「労働条件ファースト」と呼べます。中小企業の労働条件が大企業に比べよくないのは経営資源不足で価値を生み出す力が弱く、不利な価格を押し付けられ生産した価値を奪われるなど中小企業問題が重大な要因になっています。だからといって諦めるのでなく、毎年少しずつ目標に近づく努力をしています。例えば、毎年15分の時短を続け、4年で1時間の時短に成功した企業があります。公務員並みの給与の実現を掲げ、生産性の引き上げで徐々に近づいている企業もあります。その成果だけでなく、労働条件向上をめざす一丸体制も労働者を引き付けています。

以上のようにして労働市場でも自社を差別化し、大学や専門学校と太いパイプを築き、あるいは地域で知名度を高め、人材を安定的に確保できるようになればサステイナブルな「企業家的中小企業」と言えます。

「中小企業家しんぶん」 2021年 8月 5日号より