【黒瀬直宏が迫る 戦後中小企業史】第16回(最終回) 長期停滞期(1991年~)の中小企業経営(3) NPO法人アジア中小企業協力機構 理事長 黒瀬 直宏

 「戦後中小企業史」をテーマにした黒瀬直宏氏(嘉悦大学元教授)の連載。最終回となる今回は、長期停滞期(1991年~)の中小企業経営(3)です。

変化しつつある中小企業の役割

 高度成長期以降、日本の中小企業は大企業に高品質・安価な部品を提供するサポーティング・インダストリーとして注目され、減速経済期には開発力も備え、その役割は高度化しました。しかし、長期停滞期に入り、「生産の東アジア化」(東アジアベース生産体制の構築)を進めた大企業にとって、国内下請システムはもはや世界のなかの一生産拠点でしかなくなりました。国内発注は大幅に削減され、サポーティング・インダストリーとして大企業の国際競争力を支えるという中小企業の存在価値は低下しました。しかし、次の点に着目したいと思います。

企業家活動が地域を支える

 第1は、前々回述べた「ワン・トゥ・ワン・マーケティング」の展開などにより、「独自市場」の構築に成功した「企業家的中小企業」も生まれていることです。中小企業を厳しい状況に追い込んでいるコロナ大不況下においても、既存の経営資源を活用した企業家活動で市場開拓を行っている中小企業があります。それは、シュンペーターの言う「創造的破壊」を行う英雄的なものでなく、「大きなことはできない、しかしちょっとやってみるか」というような、少しずつでも「新しいこと」を行う、いわば庶民的な企業家活動です。「創造的破壊」はめったに起きるものではなく、日常における庶民的な企業家活動こそが企業家活動の本流です。大都市圏だけでなくこういう企業は各地でも現れ、コロナ大不況で崩壊しそうな地域を支えています。

中小企業の使命感の高まり

 第2は中小企業の使命感が高まったことです。従来から中小企業こそ経済、社会の中心と言われてきましたが、一般的には、この言葉は不利な条件を抱える中小企業経営者に対するなぐさめ以上のものではありませんでした。ですが、中小企業家同友会の7年間におよぶ運動で、中小企業が経済をけん引する力と位置づけると同時にどんな問題も中小企業の立場で考えるとする「中小企業憲章」が閣議決定されました。また、同友会を中心とする運動で、地方自治体が中小企業振興の主体となることを宣言する「中小企業振興基本条例」の制定が全国で拡大しました。共に同友会が運動の核になっているとはいえ、中小企業経営者の使命感と力の高まりを示すものです。もはや、中小企業は、単にお上の政策の恩恵にあずかる存在ではなく、その使命感によって行政をリードする力があることが示されたのです。

中小企業の役割を展望する

 以上を踏まえ、今後の中小企業の役割を展望してみます。

 中小企業のサポーティング・インダストリーとしての役割は消滅することはありませんが、縮小しつつあります。中小企業が新たに担うべきであ、その可能性もあるのは、企業家活動により地域の小さな中心企業として高付加価値製品を生みだし、先進国らしい産業と地域の雇用創出の担い手になることです。企業家活動には中小企業同士の戦略的ネットワークも欠かせないですから、これは中小企業による対等な分業関係を広げることにもつながります。産業の高付加価値化、雇用基盤の確立、企業間の対等な分業―これらを中小企業が「中小企業憲章」の精神と「中小企業振興基本条例」を土台に地方行政と連携し各地で推進するのです。これにより地域社会と国民経済も復興します。

 同時に、大量生産型大企業を頂点に支配・従属的取引関係を柱とする産業体制を相対化し、大企業・中央と中小企業・地域の関係を対等化する経済民主主義も進み、日本社会の真の民主化への道が切り開かれます。経済力が不平等な社会に真の民主主義はありえません。

 それだけではありません。コロナ禍は、新自由主義の旗の下、利潤の無限の追求を原理とする資本制的市場経済が無制限に拡大し、自然破壊をもたらした結果です。コロナ禍後の社会に期待されるのは、貨幣的価値をひたすら追求して生産を拡大するのではなく、人々と一対一の関係に立ち、人々の真のニーズに合う高付加価値製品を必要な量だけ提供することです。市場経済である以上、貨幣の獲得は必要ですが、それは人々への役立ちの結果であるべきです。このような経営ができるのは大企業ではなく中小企業であり、現にそういう中小企業は存在します。中小企業はコロナ禍後の「ポスト資本主義」への変革主体という役割も担っているのです。

(了)

「中小企業家しんぶん」 2022年 8月 5日号より