【黒瀬直宏が迫る 中小企業を働きがいのある職場に】社員の自律性と共同性の両立をめざす(前編) サン樹脂(株) 代表取締役 磯村 太郎氏(愛知)

 黒瀬直宏・嘉悦大学元教授(特定非営利活動法人アジア中小企業協力機構理事長)が、中小企業の働きがいをキーワードに魅力ある中小企業を取材し、紹介する本連載。今回は、サン樹脂(株)(磯村太郎代表取締役、愛知同友会会員)の取り組み(前編)を紹介します。

顧客の無理難題を解決

 サン樹脂(株)(代表取締役磯村太郎氏、愛知県北名古屋市、従業員51名)は、プラスチックの切削、曲げ、接着加工で、多様な設備部品を作っています。一品生産が半分を占め、生産品種は月千種類にも及び、顧客として500社が登録され、月100社が発注します。設備の半分は半導体関連で、3割におさめたいところ、新型コロナ禍で増えました。

当社には「顧客では加工できない、できてもコスト高だが、技術開発の時間は取れない」といった仕事が寄せられます。プラスチック加工にかかわるソリューションビジネスと言えます。当社の技術開発力を示す、バリを出さない「バリレス加工」を説明しているパンフレットには、「当社の技術はお客様に鍛えていただくことで得たものばかりです。今後も無理難題をお聞かせください」とあります。

無理難題を解決する企業はそう多くないですから、売上も2018年度は6億5100万円、19年度5億5400万円、20年度5億2200万円、21年度7億3100万円で、昨年度に新型コロナ禍前の売上を超えています。

自律的な労働の仕組み

 サン樹脂(株)では作業者が自律的に仕事をしています。図面を割り当てられると解読し、部品に展開し、どのようにつくっていくか、自分で構想し、最終工程まで一貫加工します(ただし、近年は作業者の若年化に伴い分業を取り入れています)。構想と実行が分離している労働は、労働者には強制労働という苦役ですが、構想と実行が統一されている労働では作業者が主人公であり、労働を通じ、人の生得的な欲求である自律性と有能感を満たすことができます。これは労働者にとっては「働きがい」という非経済的報酬です。入社し、初めてつくった製品をポケットに入れている人もいるそうです。自分の力の発揮による作品という実感があるからでしょう。これは一品生産が半分という多品種少量生産を特徴とする中小企業ならではの特権というべきで、この自律的労働が創意工夫も生み出し、技術開発力を高めていると思われます。

 しかし、企業は労働共同体です。自律的な労働の仕組みは宝ですが、人は役立ち合いながら共同で目的を追求していかなくてはなりません。当社にはそのための仕組みが十分構築されておらず、ばらばらの職人集団という面がありました。

みるみるやる気をなくした

 現社長の磯村さんが27歳で入社したころ(1996年)、工場は貸工場でトイレは仮設のまま。バブル崩壊で6人に減らした社員は皆、父である先代社長と同年配の高齢者でした。若い人を採用しなければ会社の未来はないと思い、新規受注の開拓と採用活動を自分の使命とし、積極的に動きました。その甲斐あって、入社後10年、2006年に貸工場と別に工場・事務所を新築、そのおかげで応募が増え、若くて根性がありそうな3名を選んで採用しました。ところが、みるみるやる気をなくし、1年も経たぬうちに次々退職していきました(2007年)。

辞めたのは、共通の目的がなかったからだ

 最後に辞めた人に何が気に入らなかったか聞きました。「給料は以前の会社よりよい、残業未払いもない。仕事もおもしろかった。エアコンがありトイレもきれいで働く環境もよい。しかし、会社が嫌いだった」。何を言っているのかよくわかりませんでした。

 金をもらえ、仕事が面白ければ問題ないではないか? これで初めて会社とは何かを考えるようになりましたが、考えてもわかりませんでした。

 そこで従来からの従業員にもなぜ辞めたと思うか聞きました。そのうちの1人の発言が転機となりました。「仕事も専務(現社長の当時の肩書)も好きで、頑張るつもりもあるが頑張った先に何があるかわからない。皆で目標を決め、向かっていく必要があるのではないですか」。

 その当時は売上を伸ばすのに一生懸命でした。しかし、社員は会社が大きくなるのはあまり重要ではなく、協力して1つの仕事を成し遂げたり、達成感のある仕事をすることを求めていることに気づきました。

(後編につづく)

会社概要

設立:1978年
資本金:900万円
従業員数:51名
事業内容:プラスチック切削加工(旋盤加工、フライス加工、試作)、プラスチック板加工(接着・溶接加工、熱加工・曲げ加工)

「中小企業家しんぶん」 2022年 11月 5日号より