【黒瀬直宏が迫る 中小企業を働きがいのある職場に】社員の自律性と共同性の両立をめざす(後編) サン樹脂(株) 代表取締役 磯村 太郎氏 (愛知)

 黒瀬直宏・嘉悦大学元教授(特定非営利活動法人アジア中小企業協力機構理事長)が、中小企業の働きがいをキーワードに魅力ある中小企業を取材し、紹介する本連載。今回は、サン樹脂(株)(磯村太郎代表取締役、愛知同友会会員)の取り組み(後編)を紹介します。

経営理念とビジョンの作成

 前回、サン樹脂(株)では自律的に働ける仕組みはあったが、役立ち合いながら共同で働く仕組みが不十分だったことを、当時専務の磯村社長が従業員の発言から気づいたと述べました。磯村氏は、これは同友会が薦めている経営指針のことだと察しました。同友会の「労使関係に関する見解」を勉強、リーマンショックからの立て直しを図るため社長にも就任(2009年)、現在に続く経営理念を作成しました。具体的な将来ビジョン(2015年ビジョン)は全社員から意見聴取の上、社長参加のプロジェクトチームで作成しました。ビジョンを皆で検討していると、「社員はこんなことを考えているのか」と思うことがよくありました。それまで、社員の意見を取り入れるという発想がありませんでした。経営理念とビジョンができ、皆で追い求める目標がはっきりし、雰囲気が変わりました。

また、売上第一のわなに陥った

 念願だった新卒の獲得をめざし、2009年、同友会の共同求人活動にも参加。初年度は準備不足で失敗でしたが、翌年度から経営理念、ビジョンを読んだ人が入社しました。同友会で学んだことでうまくいき始めたと思いました。ところが、15年、新卒者4名を含む6名の社員が辞めてしまいました。

 売上が下がっていたため、社員に無理に売上を求めていました。忙しく余裕のない日が続き、先輩社員も新人への指導がおろそかになったのが直接の原因でした。06年に採用した社員が辞めたのも売上第一の経営行動が原因でしたが、また同じわなに陥りました。

組織化、情報共有化

 しかし、背後には組織上の問題もありました。前回述べた、ばらばらの職人集団という問題はまだ解決はされていませんでした。当時の当社の組織運営は、社長が全員と年2回、飯を食い、1人ずつの話から問題を把握するというように、社長と社員の風通しはよいものでした。一方で「中飛ばし」になってしまい、リーダーが育っていませんでした。また、作業者それぞれが持っている情報が共有されていませんでした。うまくいった加工法は行き渡らず、同じ箇所で失敗したり、新人は先輩社員によって教えられる加工法が違うということが起きていました。年代の違う社員が増え、社員同士のコミュニケーションがうまくいっていないという事情も加わり、社員の間での関係性の希薄が、6人の退職者を出した遠因でした。経営理念、将来ビジョンは作成されましたが、共同でそれらを追求するシステムは不完全でした。

 まず「中飛ばし」をやめました。当社の組織は単純化すると「社長―グループ―チーム」ですが、社長はグループリーダーと毎週幹部会議を開催して、どんな小さな問題もそこで相談して決定することにしました。その代わり下からの要望について直接聞くことはせず、すべてチームリーダーからグループリーダーを通して要望を受けることにしました。2年ほど継続すると、グループリーダーと社長の考え方のすり合わせがスムーズになり、「幹部会議」が公式化されました。しかし、まだチームリーダーが十分機能していないことが課題となっています。

 個人に委ねていた加工法も、月千種類の作業の基本となる部分の標準化を推進中です。これは、以前口頭で済ませていた作業者同士の情報共有ループの公式化という意味もあります。作業の標準化には抵抗もありましたが、1年かけて納得してもらい実施に移しました。

 また、経営情報の共有化も進めました。年次経営方針は役員と4名のグループリーダーで作成しますが、グループごとの年次経営計画はグループリーダー、チームリーダー、チームメンバー全員の参加で作成します。経営実績(財務成績、生産高、不良情報、各チームの進捗状況、社員の有給取得、残業時間など)は月次報告会で全員に共有されます。

自律性と共同性

 サン樹脂(株)に職人になりたいと言って入ってくる人はいません。入社理由は「アットホームな会社」です。会社見学に来たときの感想ですが、「モノづくりはしゃべらないでやるものと思っていたが、そこかしこで、ああだろう、こうだろうというような感じで話し合っている」「誰とでもしゃべれる会社という印象を受けた」「実際に入社してみると先輩は皆親切に教えてくれた」。以上は社員の関係性が密になったことも示しているように思われます。

 サン樹脂(株)の従来からの特徴は、構想と実行が統合されている自律的な労働の仕組みにありました。それを組織化と情報共有による社員同士の密な関係で覆うことにより、自律性と共同性が両立する労働共同体へ向かっていると言えます。

会社概要

設立:1978年
資本金:900万円
従業員数:51名
事業内容:プラスチック切削加工(旋盤加工、フライス加工、試作)、プラスチック板加工(接着・溶接加工、熱加工・曲げ加工)

「中小企業家しんぶん」 2022年 11月 15日号より