【わが社のSDGs】
仲間と共に伝統をつなぐ
片上醤油 代表 片上 裕之氏(奈良)

SDGs(持続可能な開発目標)は、2030年を達成年限とし、「誰1人取り残さない」持続可能な社会の実現をめざす世界共通の目標です。連載「わが社のSDGs」では、経営理念をもとにSDGsに取り組む企業の事例を紹介します。第13回は、片上醬油(片上裕之代表、奈良同友会会員)の取り組みです。

 1930年、片上氏の祖父が創業した片上醤油。その強みは木桶でしょうゆを発酵させる昔ながらの製造を続けていることです。木桶にはふたがなく、その蔵のスタッフが管理する数十種類の菌が住み着いています。桶を毎日見て、少しの変化・予兆を感じ取る職人によって完成された製品には「ブレ」があり、同じしょうゆを二度と再現することはできません。これが同質の製品を大量生産する大手にはない「おもしろさ」です。

木桶職人復活プロジェクト

 木桶は非常に持ちがよく、一度つくると新たな注文がなかなかないこと、さらにステンレス製が台頭したことにより、現在醸造用の木桶を製造する桶屋さんはたった1社となってしまいました。そこで、その1社からノウハウを受け継ぎ、木桶仕込みを行うメーカーや関係者が集まって、年に1回新桶をつくる木桶職人復活プロジェクトが立ち上がりました。技術を共有し、木桶と木桶職人を増やすことが目的です。片上氏も木桶発酵を行っているしょうゆ蔵としてこのプロジェクトに参加しています。

地元で大豆を直接仕入れる

 最初は輸入大豆を使用していた片上氏でしたが、「どんなしょうゆをつくって自分の子どもに食べさせたいか」を改めて考えた際、地元で採れた大豆がふさわしいと思いました。JAからの仕入れを始めましたが、ある時不作で在庫がなくなり、地元の農家を直接訪ねた時、自分が買っている大豆は、農家が顧客に売って残った大豆をJAが安い値段で買っているものであることに気づきました。農家から直接買う大豆は高いですが、自分の分を栽培してもらうことで、欲しい大豆を毎年安定して手に入れられるため、今では地元農家から直接仕入れています。

奈良の農家が栽培する「大鉄砲」

 奈良県の農家が栽培する「大鉄砲(おおでっぽう)」という大豆があります。茎が太く、刈り取りが大変で、機械化農業には向きませんが、大粒でおいしい品種です。県が決定した奨励品種ではないため、少量の生産となっており、片上氏のように「大鉄砲」で加工食品をつくりたい人や料亭の料理人が種まき・収穫を手伝うイベントに参加しています。作業をしながら話すことが商談になり、そこでできる仲間も含めて「大鉄砲」にはお金で買えない価値があります。

搾りかすまで無駄にしない

 しょうゆをつくる際に出る大豆の搾りかすを以前は廃棄料を支払って処分していましたが、今は飼料メーカーに引き取ってもらっています。大豆の搾りかすが飼料になり、それを食べた牛のふんが肥料になり、新たな農作物を育てるという循環を意識して取り組んでいます。

しょうゆづくりのワークショップ

 お客さんの「しょうゆづくりをやってみたい」という言葉から、しょうゆづくりのワークショップを始め、今年で13年ほどになります。ペットボトルにこうじを分けて1年ほど発酵させ、みんなで絞るという手順で行います。地域とのつながりを意識して始めましたが、コアなお客さんをつける機会になっていると言います。

 また、近所の小学校と連携し、小学校5年生にもしょうゆづくりの体験をしてもらっています。「しょうゆづくりを体験した子が、試食後に皿に残っていた自作のしょうゆを見て『もったいない』と言うのを見て、これはいい取り組みだと思った」と片上氏は言います。

今後の展望

 「職人技でつくるしょうゆ屋」というイメージをつくると同時に、継続性を担保するために、経営者が経営の勉強ができる時間をつくり、少しずつ成長していくことが必要だと片上氏は考えます。また、同業や地域と「横のつながり」で手をつないでいくことが活力を倍増させ、仕事が楽しそうに見えれば後継者も見つかると言います。片上氏の息子が後を継ぐ予定とのこと。おいしいしょうゆをつくるという純真な気持ち、真摯(しんし)な姿勢でしょうゆづくりに向き合うことで、応援してくれるお客さんを増やしてきた片上醤油。これからも仲間と共に木桶発酵の伝統をつないでいきます。

会社概要

設立:1931年(昭和6年)
社員数:2名
事業内容:木桶仕込みの高品質しょうゆの製造販売
URL:http://www.asm.ne.jp/~soy/

「中小企業家しんぶん」 2024年 6月 15日号より