連載 中小企業を働きがいのある職場に 
「全員が主役」の多角化経営(後編) 
(株)パラマウント 代表取締役 粕川 利史氏(宮城)

 黒瀬直宏・嘉悦大学元教授(特定非営利活動法人アジア中小企業協力機構理事長)が、中小企業の働きがいをキーワードに魅力ある中小企業を取材し、紹介する本連載。今回は、(株)パラマウント(粕川利史代表取締役、宮城同友会会員)の取り組み(後編)を紹介します。

全員が主役の経営

 粕川氏はホームページで同社を支えてきてくれたのは「従業員、お客さま、取引先、地元地域の方々」とし、「その中でも当社にとって最も大切な存在である従業員との信頼関係がよりよい経営の出発点」と述べています。ステークホルダーの中で最も従業員を重視する考えには次のような原体験があります。

 かつて現会長が経営していた(株)パラマウントスポーツが法的整理に追い込まれ、現会長が全店を訪ね、従業員に店の閉鎖を伝えた際、粕川氏も同行していました。泣き出す従業員を目の当たりにし、考えさせられました。自分が経営するような機会があれば、社員が中心になれる企業にしなくてはならない。

 そこでめざしたのが「全員が主役の経営」です。自分は代表者である前に1人の人間だ。自分の人生の主役が自分であるような、自律的な人間でいたい。社員も同じはずだ。社員同士も人はこういうものだとお互いに理解し合って、働いてほしい。

1年に1つスポットライトの当たる仕事を

 粕川氏が「全員が主役の経営」に関し最初に挙げたのが、すべての社員がスポットライトの当たる活動を1年で1つ行うこと。新入社員も例外ではありません。カラオケ事業の新入社員は食事メニューの見直しを任されました。上司がヒアリングし、何をやりたいか希望を聞いて決められました。誰が何をやるかは会社の方針発表会で公表されます。ある社員はピアノを弾くので、幹事役となって楽器を弾くお客さまがカラオケ店に集う交流会も企画しています。カラオケ店にはあまりない発想です。

 どの企業でも新入社員は下積み的仕事を行うのが普通ですから、こういう制度は普通のことではありません。もっとも、粕川氏によると、すべての人が進んで主役を演じるかというと、尻込みをする人が多い、ただ、これは「自然なこと」と言います。確かにそう思います。私の大学教員時代にも目立つことを嫌がる学生がいました。自分の小さな既得権益を守り、安全に過ごすのにきゅうきゅうという社会風潮の反映でしょう。しかし、自分で目的を決め、自分が自分の主人でありたいという自律性への欲求は、人の根源的な欲求です。自律性への欲求が満たされる環境を用意すれば、この欲求は解き放たれます。

営業戦略表の作成

 12カ月の行動計画を示す営業戦略表の作成を全員で行います。「全員が主役」のためのマネジメントの中核がこれです。事業部ごとに客数、売り上げ、新企画を計画します。

 カラオケ事業の新企画の例を挙げると、「ランチセットプラン」「誕生日リピートクーポン」「ちょい飲みセットプラン」「カードゲーム貸し出し」「レディーファースト制」など、それぞれについて実施日、売上目標が記されています。

 現場の事業担当者がこのようなアイデアを出します。社長は営業戦略表については全社の売り上げと利益の目標、キャッシュフロー計画を作成するだけで、事業部門の計画には口を出しません。社長としては全社の売り上げ、利益が達成されればよく、事業部門に好きにやってもらいます。当然、決算は事業部門ごとに行われます。月次決算が行われ、成果の確認、問題点の発見など、社員が自分たちでPDCAを回しています。

ヒューマン研修

 粕川氏が「全員が主役」のためのマネジメントして3番目に挙げたのが、今期始めた「ヒューマン研修」です。入社5年未満の社員を対象とします。外部のプロフェッショナルの力を借り、社員がディレクターとして運営に携わります。半年間の研修で月2回、計12回行われます。

 研修の狙いは、自分の人生計画を考え、その達成の手段として仕事を位置づけ、人生計画と会社の将来ビジョンを統合することにあります。企業としては社員が生活の中に自社の仕事を組み込んでくれれば、定着率が高まります。社員は目的意識を持った自律的な人生を送れます。この研修では人生計画の共有もめざされています。社員同士がそれぞれの人生観、個性を理解し合い、自律的な人間として尊重し合う関係をつくるのが目的です。研修参加者は毎日始業後の10分間に共通のテキストを読み、感想や気づいたこと、実務の中で生かしたことなどをレポートにして研修時に提出します。これらを共有し、最終的には人生計画を作成し、共有します。

キャリアパス

 社員にはそれぞれの特性に合ったキャリアパスが用意されています。「スペシャリストコース」(そばづくり、パンづくりの分野で技能を高める)、「マネージャーコース」(マネジメント能力を磨く)のほか、ユニークなのは独立開業をめざす「独立支援コース」です。過去に独立して店を持ちたいという人がいたので設けました。独立を出資などで支援します。まだ制度の利用者は出ていませんが、社員の自律性重視の姿勢が示されています。

 来期はそば店の新出店を予定しているように、パラマウントの多角化戦略は前進を続けます。「多角化を支えるのは、自分で判断し自分で行動できる自律性の高い従業員だ。そのため、わが社の『全員が主役』のマネジメントは今後とも経営の根幹であり続ける。そのキーワードは人生観と会社の方向性の共有だ」というのが粕川氏のまとめの言葉でした。

会社概要

設立:1985年3月
事業内容:不動産業・アミューズメント事業・飲食事業・店舗プロデュース・代理店事業・卸売事業
従業員数:60名(パートアルバイト含む)
URL:https://pmsp.co.jp/

「中小企業家しんぶん」 2024年 8月 15日号より