連載【中小企業を働きがいのある職場に】 
地域の共通財産家をめざす全員参加経営の菓子工房(後編) 
(株)菓子工房COCOイズミヤ 代表取締役 庄司 薫氏(山形)

 黒瀬直宏・嘉悦大学元教授(特定非営利活動法人アジア中小企業協力機構理事長)が、中小企業の働きがいをキーワードに魅力ある中小企業を取材し、紹介する本連載。今回は、(株)菓子工房COCOイズミヤ(庄司薫代表取締役、山形同友会会員)の取り組み(後編)を紹介します。

経営の悪化、月次決算会議による全員参加経営へ

 前編では庄司氏が社長に就任し、家族の反発を受けながらも経営指針中心の経営に踏み切ったと述べました。ですが、実はこの間に経営は悪化し、債務超過に陥っていました。イズミヤは、日銭が入ってくるので財務に関する意識が薄く、支払い時の月末に資金が不足しても、借り入れで切り抜けることに安住していました。同友会から紹介してもらった新しい税理士から債務超過に陥っていることを指摘され、初めて事の重大性に気づきました。庄司氏は家族に謝る傍ら、自分の給料の削減や父(会長)への賃貸料の引き下げを申し入れました。父からは「自分がやっているときにはこんなことは起きなかった。同友会活動のような余計なことをやっているからだ」と怒られました。

 庄司氏は債務超過を早く解消するため、家族全員で経営計画を立て、月次決算会議で意見を出し合いながら計画を遂行することを提案しました。決算会議には毎回税理士に同席してもらい、3カ月先までの予定を立て、達成の方策をみんなで考えます。ただ、父は強い存在で、我を通されることもあったようです。同友会の先輩から、議事録を作成し、情報共有の徹底化を図ること、会議の司会は交代制にすること、どんなことがあっても決められた会議日には必ず開くことなど、会議の仕方も学びました。はじめは庄司氏と父、母、妹で会議を開いていましたが、妹の退社をきっかけに、庄司氏の娘(高校卒業以来イズミヤに勤務)も参加意欲を示したため、社員全員参加による会議にしました。自分が参加している会議で決まったことは納得して実行できます。こうして、参加者みんなが決まったことを進んで遂行する体制が出来上がりました。

 コロナ禍が始まるころから父、母は経営から手を引き始め、現在、実際に経営に携わっているイズミヤのメンバーで親族関係にあるのは庄司氏とその娘だけです。役員には庄司氏と娘のほか、親族外のメンバー1人が就いています。イズミヤは月次決算会議を核に、血縁による全員参加経営から血縁にとらわれない全員参加経営へと大きく変化しました。

社員の主体性と能力の向上

 庄司氏が社員は変わったと思ったことがあります。半年かけてイズミヤのブランディングを考えたときのことです。アンケート調査で、感激するくらいイズミヤを高く評価してくれるお客さんがいることが分かりました。店をこの評価に沿うようにするにはどのような客をイメージすればよいか、社員が出し合いました。例えば、「家族思いで、スポーツジムに通い、車は○○を持ち、月1回は買いに来る建築会社の社長さん」というイメージを提出した社員がいました。そしてこのような客に満足してもらうブランドコンセプトを考え、いくつかの候補の中から全員で「心がふれあい、身体が満ち足りるひととき」を選びました。庄司氏はこの決定を社員の総意に委ねました。

 全員によるブランディングは、社員が自分たちが経営の主体であるという意識の表れです。同時に、ブランディングで社員の意見のレベルが高まりました。以前は売り上げの落ちる月の対策として、「10%値引きする」という程度の意見でしたが、「枝豆の在庫を使ったプリンのプレゼント」というような、考えられた前向きな提案が出るようになりました。ブランドコンセプト確立が建設的な意見を生むようになったのです。社員の主体性が高まれば、社員の能力も高まります。それがまた社員の主体性を強化するでしょう。社員の主体性と能力向上の好循環が始まりました。

売り上げが伸び始めた

 庄司氏が社長に就任した2006年の売り上げは3600万円、20年に5000万円、23年5500万円、そして本年は5700万円の見込みです。急速ではありませんが売り上げは着実に伸びてきました。来年以降は4月にオープンした新店舗の効果で25年6500万円、27年1億円をめざしています。新店舗建設のために借り入れた1億200万円を返済するには年商1億円が必要でもあります。

 売り上げの伸びの要因として特徴ある商品の開発と社員の自己評価に基づくスキルの着実な向上による市場への浸透が挙げられます。また、子どもたちが自分の夢を絵に描き、それをパティシエの社員と一緒にケーキとしてつくってみる「夢ケーキ」の企画、それを幼稚園などに出張して行ったり、出張販売のために使うキッチンカーをクラウドファンディングで調達したりするなど、地域に浸透する積極策の効果もありました。そして、これらの活動の土台になっているのが月次決算会議を核とする全員参加の経営であることを見逃してはなりません。売り上げの上昇と組織革新は並行しているのです。

 債務超過は2021年には解消、19年ごろから思い描いていた新店舗のオープンを新たな目標とし、本年4月、それを達成しました。地域の人たちからは広い敷地を活用したコンサート開催や工芸品などのマルシェ開催の申し込みがあります。地元の企業巡りの一環として幼稚園児も見学に来たり、地元のボランティアが朝5時から草刈りに来てくれたこともあります。庄司氏はイズミヤを地域社会の共通財産にしたいと思っています。

会社概要

設立:1923年
事業内容:菓子製造販売、カフェ
従業員数:10人(内パート3人)
URL:https://www.cocoizumiya.com/

「中小企業家しんぶん」 2024年 9月 15日号より