講演録

ヨーロッパ中小企業憲章とEUの中小企業政策

全ヨーロッパ的なルールづくり その一環としての中小企業政策
ヨーロッパ市民が等しく経済的繁栄と同等の権利の実現をめざす

ヨーロッパ統合の基本理念を持ったEU

 2000年にEU(欧州連合)は「ヨーロッパ中小企業憲章」を制定しましたが、その背景にあるEUの歴史と性格からお話しします。

 つい最近も、EU加盟国が新たに10カ国増えて25カ国となり、ヨーロッパの大部分がEUに参加することになりました。総面積が430万平方キロメートル、総人口は約4億5000万人ですが、将来はさらに加盟国が増える可能性もあります。

 EUとはなにか。アジアにもASEAN(東南アジア諸国連合)がありますが、これと違ってEUは単なる国家の連合ではありません。1つは、ヨーロッパを統合しようという基本理念を持って活動・統合を進めています。もう1つ大事なことは、EU自身が法律や規則、政府と予算、議会、裁判所などの制度を持ち、1つの国のような形になっていることです。

 また、ユーロによる通貨統合が実施されるなど、画期的な実験を行っています。ちなみにEUの予算総額は、2002会計年度一般予算で957億ユーロ(約11兆5000億円)と大きな存在になっています。

 EUの歴史をたどれば、1952年のECSC欧州石炭鉄鋼共同体から始まります。戦後復興の中で、当時の基幹産業である石炭産業や鉄鋼を立て直すという実利的なことからスタートしていますが、次第に長い時間をかけて統合の中身を充実させていきます。

 そして、EC欧州共同体の段階を経て、1992年のマーストリヒト条約によってEU欧州連合に発展し、その後10年の間にアムステルダム条約やニース条約によって、さらに強化を続け、新加盟国を迎え、今日に至るわけです。

 現在は、EUの憲法を制定しよう、というところに議論が進んでいます。まさに、国を超える国が生まれるという状況を、私たちは目の当たりにしています。

欧州委員会と欧州議会―EUの機構

 EUには、内閣にあたるものとして、欧州委員会(European Commission)があり、本部はベルギーのブリュッセルにあります。この委員会のもとに日本の省庁にあたる大きな行政機関が置かれています。ここで働く人たちは、ユーロクラット、欧州官僚とも呼ばれていますが、莫大な予算を使って大勢のスタッフが仕事をしています。

 ただし、EUは各国の連合体であるという性格をとどめており、各国政府の代表からなる理事会(Council)が立法や予算の決定を行っています。

 一方、加盟国から直接選挙で選ばれる欧州議会(European Parliament)がフランスのストラスブールに置かれていますが、これは今のところ決定権のない諮問機関の性格です。

 しかし、機構の改革にともない、次第に権限を強め、現在は事実上、立法や予算措置は欧州議会の同意がないとできないことになっています。将来はこれが立法府になる可能性もあります。

平和の実現から始まったEU統合の理念

 EUの統合の理念とは、まず、2つの世界大戦を含めてヨーロッパは長い戦乱の時代を経験し、ヨーロッパで平和を実現したいという理念が1世紀以上前からあります。

 もう1つは、対立・抗争を克服するためにヨーロッパは1つにまとまれば良いということだけではなく、まとまることで共通に享受できるものがあるという考え方で、「欧州市民」という形でヨーロッパでは理念化されています。

 ヨーロッパの地に住む人たちは、等しく同じ権利と繁栄を享受できるはずであるという考え方であり、そこには長い歴史で培われてきたヨーロッパ的な自由・平等・福祉・人権といった理念があるわけです。

 同時に、あくまでそれぞれの国の歴史や文化、地域社会を尊重し、まとまっていけるところでまとまりましょう、という統合理念があります。

ヨーロッパの市民が等しく経済的繁栄と権利の享受を

 さらに、20世紀後半に統合が進んだことの、より直接的理由としては、かつてヨーロッパは世界経済の牽引車でしたが、戦後アメリカという非常に強い経済圏が登場し、さらに日本が台頭してヨーロッパが落ち目となった。

 そこで、ヨーロッパ経済を立て直すためには、狭い国民経済を超えた巨大な経済圏を実現し、市場統合をはじめとする規模の経済をめざしたことです。

 しかし、それと裏腹な関係で、統合が進めば一部の多国籍企業が勝手なことをやってしまう。それを防ぐためには、国境を越えてルールを実行させる。また、福祉や労働条件を極力、平準化していこうという力も働いています。

 もう1つは、地域間の格差是正です。今回、EU加盟国が増えて、地域間格差がより大きくなっていますが、それを放置せず、ヨーロッパの市民は等しく経済的繁栄を享受できることをめざそうということです。これは、地域政策として長年にわたって実行してきています。

 このように、ヨーロッパ規模で予算を動かし、政策を実施すると同時に、全ヨーロッパ的なルールづくりを進めるという流れがあります。

 したがって、「ヨーロッパ中小企業憲章」も、各国政府が単に同意したというだけでなく、ヨーロッパ全体で責任を持って中小企業政策等を実行し、経済的繁栄と同じ権利を享受できる日をめざそうという流れの中にあることを、ご理解いただきたいと思います。

「共同」「結束」そして「多様性の共存」

 ヨーロッパには、このような統合を進めるためのカギとなる考え方、コンセプト(概念)があります。たとえば、共同(cooperation)や結束(cohesion)といった言葉が、具体的に実行する上での政策上の用語になっています。また、大きな格差や利害対立があり、歴史的な事情が違いますので、時間をかけて統合を実質化していくことが大事であると考えています。

 さらに、多様性の共存という考え方も前提にあります。ヨーロッパには、欧州各国の民族だけでなく、かつて植民地を持っていた時代の遺産として、アフリカやアジア、中・東欧などの国から流れてきた人たちも大勢います。その人たちも基本的には権利を保障し、繁栄を約束しようという形でやってきています。このことは、日本の将来を考える場合に、見落としてはならない重要なポイントになると私は考えます。

 このような多様性の共存が前提となるヨーロッパでは、一部の多国籍企業の狭い利益のための統合では、欧州市民みんなが幸福にはなれない。「経済」や「社会」、「文化」をうまくバランスさせていくことが常に求められています。

 いまEUは、新たな10カ国の加盟国を迎え、華々しく再スタートしたわけですが、ソロバンづくで拡大EUの経済効果がどう上がるかという議論よりも、「文化」が前面に掲げられていることが印象的です。ヨーロッパ市民が同じ権利、経済的繁栄を共有できることはものすごい魅力になります。

 しかし、ややこしいことに、ヨーロッパでは、このような強力な求心力が働く一方で、分散しようという力も働いています。たとえば、EU本部が置かれているお膝元のベルギーは、たかだか人口が1000万人の国家ですが、連邦制をしいています。ベルギーは、大きくはフランス系の住民とオランダ(ドイツ)系の住民に分かれ、長年対立していました。それを解決するために、国を事実上2つに分け、連邦制にしてしまったわけです。

 このように、ヨーロッパは、1つにまとまろうという強い求心力と、同時に他方で自分たちの民族や文化、地域をそれぞれ自己主張しようという傾向も強まっています。これが今のEUにとって避けられない現実となっています。

(つづく)

このページのトップへ ▲

同友ネットに戻る