講演録

ヨーロッパ中小企業憲章とEUの中小企業政策

欧州小企業憲章の前文、原則、アクションプラン

「憲章」はたまたまできたのではない

 これまで見てきた中小企業政策の流れの中から、2000年に「ヨーロッパ小企業憲章」が制定されます。英文名では、European Charter for Small Enterprises と表記されています。「中小企業」は英語では、Small and Medium-sized Enterprise と表現することが決まっていますが、憲章では、Medium(中規模企業)が抜けています。しかし憲章の中身をみると、実質的には、中小企業憲章であることは間違いありません。

 この憲章は、先に述べたヨーロッパの中小企業政策の第3段階の新たな発展段階と表裏一体の関係にあります。しかも、同じ2000年にOECD(経済協力開発機構)が、世界47カ国の中小企業関係閣僚をイタリアのボローニャに集め、「中小企業政策憲章」を採択しています。ここには、日本政府代表も参加しています。

 このような流れを見ると、「ヨーロッパ小企業憲章」がたまたまできたものでなく、21世紀のヨーロッパがめざす方向における、中小企業の位置づけと中小企業政策の果たす役割をはっきりと示そうという意図の上に立っているのがわかります。しかも、各国の政府代表が法律で決めたものではありません。憲章は、そこに至るまでのヨーロッパの中小企業者、中小企業団体のいろいろな努力や要求運動の到達点でもありました。

「小企業は欧州経済のバックボーン」

 憲章本文では、冒頭に「小企業は欧州経済のバックボーンである。雇用の源であり、ビジネスアイデアを育てる大地である」と位置づけています。ここまではっきり、中小企業という存在が重要であると言い切っています。

 さらに、中小企業政策だけでなく、さまざまな政策が立案実施される場合には、「中小企業と企業家精神のニーズにとって最良の環境がつくられなければならない」と述べ、中小企業の立場や利益を無視した政策を一方的に進めるべきではないとうたっています。

 これまで中小企業にあまり関心が高くなかったヨーロッパで、中小企業という存在の普遍的意義、重要な意義を改めて位置づけ、同時にヨーロッパにおける中小企業の自己主張の宣言でもあると私は考えます。

 憲章の前文では、「小企業は政策課題のトップにあげられてこそ、ニューエコノミーも成功する」とも述べられています。これは、アメリカや日本・東アジアに遅れをとっていたヨーロッパがようやく追いつきはじめたが、追いついたとしても知識主導経済など21世紀型の経済になったとは言えない。そうなるためには、中小企業が重要な役割を果たしうると言っているわけです。

 しかし一方で、中小企業は事業環境の変化に弱く、行政負担の軽減などもやっていくことが必要だとも強調しています。さらに、先に述べたように、知識主導経済や持続可能な成長、より多くのよりよい雇用、社会的結束という目標に対して、中小企業は非常に大きな手がかりを与え、その原動力となるとはっきり示しています。

憲章6つの原則

 憲章の掲げる原則は、6つあります。

 (1)市場のニーズにこたえ、雇用機会を生み出す小企業の活力、(2)社会的および地域的発展をはぐくむ小企業の重要性、(3)価値ある、また生産的な人生のスキルとしての企業家精神、(4)報酬にふさわしい成功企業への賞賛(成功企業は誉められてよいということ)、(5)失敗例は責任あるイニシアチブとリスクテイキングにつきものであり、これに対する学習機会としての考察(失敗も学習機会と受け止めようということ)、(6)ニューエコノミーにおける知識、コミットメント、フレキシビリティの価値、の6つです。

 憲章は、政策課題についても具体的に提起しています。キーワードを列挙しますと、イノベーションと企業家精神の強化、中小企業の活動に資する規制の枠組み、市場へのアクセスの保障、研究と技術へのアクセス推進、金融へのアクセスの改善、EUとして最良の環境を中小企業に提供し、企業家のヨーロッパをめざすこと、中小企業の声に耳を傾けること。

企業家精神を推進するアクションプラン

 政策課題を具体化するアクションプランとしては、次の10項目を掲げています。(1)企業家精神への教育と訓練、(2)開業コストの低減と奨励、(3)よりよい法制と規制、(4)スキル獲得機会、(5)オンラインアクセス改善、(6)市場統合からの成果の改善、(7)税制と金融問題、(8)小企業の技術力向上、(9)成功するe―ビジネスモデルとトップクラスの小企業支援、(10)EUならびに各国レベルでの小企業の利害のいっそう効果的で強力な反映、です。

 旧来と変わってきていることがあります。1つは、中小企業を担う企業家自身の存在を改めて注目していることです。特に、そうした企業家精神を推進していく上での教育や訓練を強化し、学校と連携を改めて重視していることです。

 もう1つの注目点は(10)です。これは、中小企業の立場を十分考慮し、反映する仕組みづくりをEUと各国レベルで進めることですが、加盟各国が合意したことは大変意義のあることです。加盟国に対して強制力があるからです。それぞれの国の政府が責任を持って、中小企業の意見に耳を傾け、その利害をきちんと国家的に政策などで反映することを義務づけたことです。

(つづく)

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