中小企業憲章と私

自ら歴史を作る主体に変わる運動

静岡同友会代表理事 杉村 征郎 (杉村精工(株)会長)


 「小企業はヨーロッパ経済の背骨である。小企業は雇用の主要な源泉であり、ビジネス・アイデアを生み育てる大地である。小企業が最優先の政策課題に据えられてはじめて、新しい経済の到来を告げようとするヨーロッパの努力は実を結ぶだろう」(「EU小企業憲章」前文より)。

 「Think Small First まず小企業のことを第1に考えることこそEUの企業政策のエッセンスである」と言い切る文章は、私が子ども心に感じ、今でもそのまま持ち続けている純粋な「ある思い」と結びつくのです。

 今年は戦後60年。昭和26年(1951年)、10歳のころ、腹を空かせて学校から帰ると、母はおむすびを見知らぬ人に与えていました。このころは、田舎にも傷痍(しょうい)軍人やお乞食(こんじい)がいたのです。3度の食事を2度にするほど貧しかったわが家のおひつは空になりました。

 母から弱者への共感と他人への思いやりを、そして戦争に翻弄され捕虜となり、復員後すぐに創業し、懸命に働く父の後ろ姿から、加害者になるな、被害者になるな、そしてなによりも傍観者になるな、ということを教えられたように思うのです。

 大学卒業後、家業を継ぐ気はなかった私ですが、長兄が父と経営方針が合わず独立したため、やむなく戻る羽目に。それから40年、私は典型的な町工場から今日まで、ものづくりの会社経営に携わってきました。

 日本経済の発展を縁の下で支えている誇りは、厳しいときにも悲観・消極・あきらめを克服し、自社だけでなく努力している仲間への共感があってのものでした。

 自己責任を全うする私たち中小企業は「決して軽く扱われるべき存在ではない」との思いは、幾多の危機を乗りこえる中で培われてきたと思います。

 今の日本は何かおかしい。私たちが生きているこの時代と社会で今、何が起こっているかです。

 私は、中小企業施策や道路、雇用、教育などの公的な審議会委員として出席するたびに、その思いを強くします。そこでは、勝ち組、負け組、頑張ったものが報われる社会、民間活力で簡素化、効率化、広く薄く負担、権利より義務、自己責任、小さな政府など、一見納得するフレーズが飛び交い、新しい矛盾を作り出す場となっています。優勝劣敗の原則の下で、常に淘汰される敗者を拡大し、公的サービスから排除される社会的弱者を作り出しています。

 私たちの「中小企業憲章」学習運動は、理想からほど遠い現実との乖離(かいり)をどう埋めるかの「問いたて」です。

 「学習」とは、私たちが成り行きに流されず、自ら歴史を作る主体に変わることであると思うのです。

 私たちの提唱する「中小企業憲章」は、中小企業経営者とそこで働く人、家族に励ましと希望を与える運動であるとともに、人間の幸せのための経済を取り戻し、すべての国民の暮らしを守り、人間らしく生きることを確かにする運動でもあるのです。

「中小企業家しんぶん」 2005年 8月 15日号から

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